Profile

飯田 房貴
FUSAKI IIDA

fusaki@dmksnowboard.com

生年月日: 1968年12月10日
血液型:O型

家族、生活
妻(シャーリー)、長男(大河10歳)、長女(クレア8歳)
カナダ・ウィスラーに住む、地元は江戸川区の平井

趣味
サッカー、読書、料理、松茸採り、ハイキング、キャンプ、サーフィン

好きな食べ物
味噌汁、おにぎり、納豆、スパゲティ、カレーライス

経歴
1985年11月当時16歳の時、天神平にてスノーボード(注:当時スノーサーフィンと呼ばれる)を始める。
翌年、丸井スノーサーフィン大会を始め、全日本に参加。全日本でダウンヒル25位に入って、スポンサー「スノーテック」が付く。
高校卒業と同時に株式会社大日本印刷へ就職。
スノーボーダーとしての夢諦めずに88年末に退職。
89年(平成元年)野沢温泉に篭もる。
同年、ニュージーランドに行き、日本人スノーボーダーとしてNZ住み込みのパイオニアになる。
仕事は1年目レストランのキッチンヘルパー。
2年目はスノーボーダーとして初のテレビ・コマーシャル(注:アルペンのコマーシャルに真木蔵人役の滑り手)に出演。
2年間のニュージーランド修行を得て、カナダ・ウィスラーへ。
最初の年、日本料理レストランでスシ・シェフをしつつ大会に参加。
翌年にはスノーボード・ショップ「A3」で働く。
その年の大会成績(BC州スラローム4位)が認められて、株式会社ミナミのスポンサーがつく。
その後は、カナダやニュージーランド、日本を往復し、大会に参加。
主な成績は、全日本関東大会スラローム4位、ニュージーランド・ナショナル大会スラローム9位、カナダ、ウィスラーのローカル大会でスラローム優勝など。
94年には、初のハウツー・ビデオのディレクティング兼モデル、ハウツー本の執筆兼モデル(共に千早書房)を手がける。
翌年95年には日本文芸社から2本のハウツー・ビデオのディレクティング兼モデルを行う。
選手としては、カナダでプロ登録してGSで14位などの実績。この年、カナダのインストラクター免許(CASIT)も所得する。
96年SAJ全日本大会を最後に、遂に選手としてセンスがなかったことを痛感!たくさんの人に惜しまれながら(?)、選手生活を引退する。
その後はスノーボード業界へのオールランダーへの道へ歩む。
執筆力を生かして、専門誌ではハウツーのコラムを執筆。ハウツー・ビデオのディレクティング、専門誌のハウツー・コーナーのディレクティングなどして、その頃から「ハウツー天使」と呼ばれる。またそのハウツーの仕事が認められ、現在はハウツー王の異名を取る。
98年、スノーボードの永遠師匠であった親戚の兄貴の死を期に、スノーボードに人生を賭ける宣言!スノーボードに関する様々なワークをトライし、スーパー・オールランダーの道へ歩み始める。
2000年8月に会社設立へ。
年間100日ほど雪山に行く生っ粋のスノーボーダー。


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2005-02-26
切れた!久々の活火山
この時期は毎年、日本に帰っていたけど今年はウィスラーに残っている。 この時期に日本に帰っていた意味の1つにスノーボード展示会SBJがあり、またそれをきっかけに様々なメーカーや雑誌社との話もあるのだが、今年はいろいろ考えて遠慮した。 ちなみにここ最近の自分は、いろいろ家庭のことや仕事のことなどで忙しくて、日記を書く時間がなかった。ウエブでは最低限やらなくてはいけない仕事だけはやって、後はその他の雑務に追われていた感じ。まっ、それだけではなく楽しい飲みの集まりもあり、なかなかそういった日は日記が書けなかったのだ。 さて、今日は久しぶりに大河を連れて山に上がった。大河のスキーはあまり上達していないのだけど、気長にやろうと思ったし、また2人でバスに乗ったり、帰りにホットチョコを飲んだりする気分も楽しいのである。ここのところ天気が良く、今日もポカポカ陽気で楽しいサタデー気分のハズだったのだが・・・。 災難はキッズのスノーボード・スクール軍団が来てから始まった。今日も大河にスキーを教えるため、チョッカリができるところまで、自分が横滑りしながらスキーをハの字に抑えて滑り。その後、最後の6、7メートルをチョッカルという要領でレッスンを行っていた。大河にはチョッカル前に「ここでお父さんがokというまで待っていてね」と伝えて、オレが大きな声で「ok」と言ったらチョッカリ、下で待ち受けているのである。こうすると、大河の目線は自然に遠くに行くし、下でお父さんがいるから、恐がらずにスピードを出せるのだ。しかし、その待っている時に、いきなりスクールの生徒が突っ込んだ。かなり危険な突っ込み方。大河のスキーは吹っ飛び、大声で泣いた。痛かったろうし、慣れない山でのことでショックも大きかっただろう。ここで、昔の自分なら間違いなく大声で怒っただろうが、怒鳴ったところで解決しないし、我慢することにした。 ちなみに、オレはその突っ込んだ子にはまったく怒りを感じていない。不注意は完全にインストラクターの姉ちゃんにあるので、ともかくそっちを睨んだのは事実。そうしたら、一応、誤ったけど、その後に「アクシデント」という言葉で、非がないような言い方なので、カチンとした。だから、口をムの字にしてまったく何も言葉を返さなかった。 ともかく、大河にとってはショックだっただろうし、落ち着かす意味で2人で座って休むことにした。それで、どこで滑ったら安全に楽しく滑れるかなあ、なんて場所のチェック。さらには姉ちゃんのイントラぶりを拝見していた。 隣のコースはスキーのスクールでビッシリとレーンが埋まっていたので、まあ、ともかくこのスクール軍団の合間、つまり滑り終わった後まで待って、滑るか、なんて思いまた滑り始めようとした。そしたら、そのスクール軍団の男の子が、今度はカーペット式のリフトで転んでしまい、助けを呼んでいる。だけどイントラ姉ちゃんは、気付かない。さらに、リフト係りも気付かないのである。お前ら、それで仕事やっているつもりなのかよ!と思いながら、オレは大河を安全なフラットな場所に置いて、駆け足でその子を救ってあげた。まったくしょうがねえ奴だ、と腹の底から怒りがフツフツを沸騰して来ているのがわかったが、まだまだ辛抱である。これで切れては、いつものように「ああ、やってしまった」という嫌な感覚が残るだけなので、我慢した。 だけど、事件はこれだけ終わらない、さらにドラマティック(?)な展開が待っていようとは! 気を取り直して、大河のスキーを横滑りをしながらいっしょに滑っている時に、なんとスノーボードが突っ込んで来たのである。大河にケガをさせないように見事に拾ってみせたけど、もう休火山は我慢できなかった。気付いたら、雪山全土に聞こえるくらいに大きな声で、その姉ちゃんを怒っていた。 3つの事件、衝突、リフトでの転倒、ボードの流した、以上のことを述べた上で、さらに「てめえは、ちゃんと生徒や周りの状況を見ていない!」とぶちまかした。そこにいるすべてのスキーヤーやスノーボーダーの視線が急にこちらに集中したのはわかったけど、もうオレの怒りのエンジンは全快だ。だけど、向こうの姉ちゃんも不思議なほど、強かったなあ。まず、オレが活火山なのに向こうはちゃんと普通の声で対応して来る。だけど、その理論たるやメチャクチャだけど。「ここはレッスンも行うから、こういうアクシンデントもある。安全にスノーボードをしたいなら、他に行け」と。確かにその場所はレッスン場所の中心地でもあるのだが、スクール以外の人が入れない場所ではない。多くの一般ビギナーが練習している場所だ。1万歩譲って、他でやるべきだったと考えても、自分の生徒が、他の子供にぶつかり、自分の生徒がカーペット式リフトでもがいて助けを呼んでいるのにも気付かず、自分の生徒のボードが流してしまう、とか、もうメチャクチャなんだよ! ともかく、姉ちゃんの頭では、すでに「私悪くないもん」という石のように固まった考えしかなく、というかそう考えないと、自分を保てないのだろう、ともかく不思議なほど強靭な石頭回路なのである。自分の意見を素直に聞くことは、彼女の人生にとって大切なことだとも思ったけど、そう思うのはオレの勝手な思考なワケで、ともかく埒が明かないので退散することにした。ポカポカ陽気の楽しいスキー日だったけど・・・。またまた怒鳴った後の嫌な気分がモギモギやって来た。 大河には、とても嫌な思いをさせて悪いことしちゃったなあ、という気分だ。そして、ゴンドラの中で急に社会地域から身を引けてしまったためだろう、オレは一人ごとのように「あのクソババア、今度会ったらおもいっきりケツ蹴っ飛ばしやる」と言っていた。大河に対して悪いという気持ちの当たり場所を探すように、一人グチっているお子様状態に入ったのである。そしたら、大河、今日、昼寝して起きた時に「クソバアアいたから、なんとか」とか言っている。あーあ、3歳の子供に汚い言葉を教えてしまったあ〜。 ともかく、その後、オレの活火山はなかなか収まらなくて、スキースクールのオフィスに行って「偉い人を出せ!」ってな感じで、掛け合ってしまったのである。チクっているようで悪い気もしたが、あの姉ちゃんが素直に謝罪できなかったことが、許せなかったのだ。そして、今日あったことを頑張って冷静に話して、ちょっとだけ活火山は休まった。さらに、その後、おいしい昼食をスシビレッジ(日本食レストラン)で食ったら、やっとのことで「過ぎたことは返らない。前向きに大河の気持ちをフォローする楽しいこと考えよう」と思えるようになった。 まあ、今、考えればスクールに行ってまで文句言ってもしょうがないかなあ、と思うのだけど、山やスクールを営業する立場にとってみたら、そういったことがあったと知るのも悪くないだろう。
2005-02-15
月が僕たちを見ていた日
ウィスラーキャンプも終わり、いつものような日常が帰って来た。遅めになりなりがちだったメールの返答も、今日のところでやっと体制が整い、通常通り24時間以内には返せる状態になった。 結局、自分の日常とはスノーボードの他にパソコン上での仕事があり、やる気になれば永遠に仕事は目の前にあるような気がするのだが、同時に子供の面倒というバランスを考えて時間配分をしている。今、3歳になる大河にとっては大事な時期なような気がして、今日フッ、と「もっといっしょにいれる時には積極的にいろいろやろう」と思った。今までは、1歳のクレアちゃんが昼寝している時に大河が起きている場合には、ビデオとか見せて、その間に仕事をしていたけど、そういったビデオを見せる時間を作らずに、もっといっしょに遊んだりしよう、と思ったのだ。もちろん雑誌の仕事とか溜まっている時には、それをやらないわけにはいけないけど。だって、相手は10万人以上の読者だから。まあ、自分で言うのもなんだけど、だいたい期日を守る優等生な部類の書き手だ。 大河と時間を過ごすという、その一貫というわけでもないけど、今日もいっしょにサッカーをやった。今月はかれこれもう7日目とかかな。 サッカーをやっていると、不思議とスノーボードをしていなくても、いいような気持ちになる。というのも止まったり動いたりしているので、スノーボードと同じように筋持久力がつくし、また動きを止める動作では、太もも前部の筋力を必要として、それがスノーボードの筋力の使い方と似ているから。またボディバランスも格段に良くなるような気がする。そう言えば、ライオとかサッカー出身のライダーって多いなあ。 大河とのサッカーは、自分が師匠という立場だと思っていたけど、逆に大河が先生でもある、と感じた。というのも大河の体の使い方は、とても美しく芸術的だからだ。必要な動きを的確にやっているようである。常にヒザを曲げた姿勢でボールを追いかける姿は、大河とのパスで自然に教えてもらったことだ。自分の息子とサッカーする喜びももちろんあるけど、見ていて飽きない美しい動きなのだ。両ヒザをうまく使ったトラップとか、どっから覚えたのだろう?と思う。よく、チビッコのスキーヤーがとてもカッコ良く見えるけど、あんな感じで素直に的確に動いている様子なのだ。 今日は青空が広がる、とても気持ちいい天候だったけど、月が見えた。それでオレが「あっ、月が出ているよ!」と言ったら、大河が「眠っているね」と言い出し「オーイ起きろ!」とか叫んでいる。オレも「起きろよー!」って叫んだ。それから大河が「月が僕たちを見ているよ」と言うから「こっちに来て、いっしょにサッカーしよう!」とかわけわからないことを叫んだ。この後も2人で、変なコメントの叫び声を出して楽しんでいたけど、これ一種のストレス発散法かもしれないな、と思った。よくテレビ・ドラマで「バカヤロー!」とか叫んでいるけど、あの後、ちょっと気持ち良かったりして!? 今、これを読んでいるみんなも広いところでわけわからないこと叫んだら気持ちいいかもよ? だけど、日本のような都会では、変人扱いされてダメかな?
2005-02-13
初のウィスラーキャンプ
ここ3日間はdmkクラブのウィスラーキャンプがあった。ちょうど今朝、見送ったところである。昨晩はルーブもホテルの部屋に来て、クラブ員たちと話していた。 最初の2日間はとても天気が良かったので、ウィスラーのピーク、ブラッコムのグレーシアに行った。カナダの雄大な景色を楽しんでもらえた、と思う。 今回のキャンプでは、新しいことにチャレンジしてもらった。 ブラッコムのウインドリップのところをハイクしてもらい、急斜面のパウダーを攻めた。これは撮影する時と同じようなシチュエーションなので、これからパウダーの写真を1枚見る目もこの経験で変わって来るのではないか、と思う。また、斜度45度くらいの急斜面を体験したことで、攻める気持ちが強くなったとも思うのだ。 パークでは主に擦り系アイテムに入った。今までボックスに入ったことがない人も今回のツアーでだいぶアイテムに対する違和感が取れたようだ。また、今回、初めてアイテム上でノーズプレスやバックサイドボードスライドができた人もいて嬉しかった。 何より、長いコースを滑ることは楽しかったと思う。同時に凄く辛かったと思うけど、あの滑走距離のおかげで自然にスピードに対する強さが生まれたと思うのだ。 雪質はもう1つというコンディションであったが、3日目最終日はちょっと雪が降ったので、トゥリーにも入ってもらった。大変かなあ、と思ったけど、強引に誘った感じ。ほんのちょっとだったけど、こうしたトゥリーランの楽しさも知ってほしかったのだ。 ジブのコンテントというのもやった。みんなが見ているシチュエーションで、どれほどのものを披露できるのか。うまい人もそうでない人も、全力を出すような滑りで、とても素晴らしかったと思う。 今回のキャンプには、特別コーチとしてルーブも呼んだ。実を言うと腰を痛めていて、歩くのも困難な状況だったのだけど、ルーブには絶対に来てほしかった。なんとか頑張って来てくれたのだ。 今回、ルーブを呼んだ目的は滑りを見せたいとか、ルーブから教わってほしい、などいろいろあるけど、最大の要因は異文化に接してほしい、ということ。 よく海外キャンプとかで日本人コーチが教えるものがあるけど、それだともう1つカナダに来た目的が薄れてしまうような気もする。旅の楽しさは、その場所の生活模様とか、そこの人と接することなどが大きいように思うのだが、今回ルーブを呼んだことで、そういったテーマが一気に出た、と思うのだ。英語とかほとんど話せないクラブ員たちが楽しそうにルーブとコミュニケーションを取っている姿を見て、嬉しかった。また英語がうまい人もルーブと会話することで、より英語を話すことに張り合いが出たと思う。 最終日のパーティはバスで行くところだったが、あんな感じで1ドル50セント払って、バスに乗ったのも良い経験だと思うのだが。またパーティに選んだレストランもおもいっきりローカル色が強いところだったから、外国気分を満喫できただろう。 ツアーご一行はそろそろ日本に到着した頃だと思うけど、帰りのバスや飛行機でどんなこと考えていたのかなあ。このキャンプで、スノーボードだけに限らず、人生の新たな発想の転換とかできたら、とても嬉しい。みんなウィスラーの長い距離を滑ってとっても疲れたと思うけど、それ以上にたくさんの喜びや思い出とか作ってもらえたら、主催者としては最大の喜び。また、来年もやりたい!と思った。
2005-02-08
シモン vs ショーンの話
朝大河を学校に送って行った後に山に行った。今日は天気も良かったし、ピークまで上がった。ピークに行った理由は、明日到着するdmkツアーの下見。雪のコンディションを確かめたかったのである。もうパウダーにはありつけない状態だったけど、ピークの方は雪質もよく安心した。 エメラルドチェアのところでシモン&フレイザーを発見。だけど、時計を見たら、もう11時近くで、「ヤバイ、大河の迎えは11時半だからもうすぐ!」というところだった。だけど、1本滑っても間に合う時間だったので、久しぶりにシモン&フレイザーといっしょに滑る。 あれっ?だけど、考えてみたら、撮影ではよくいっしょに上がるけど、こんなフリーランをいっしょにするのは初めてだ。それでいっしょに滑って思ったけど、改めてシモンは遊び上手だなあ、と思った。フレイザーもかなりうまいけど、1枚、いや1・5枚ほどシモンは上を行っている。それで、ひじょうに印象的だったのは、かなり1本滑るのが遅いということ。きっと今、これを読んでいる初中級者の人もシモンといっしょのペースで滑れるだろう。ともかく、スピードを出さずに、どこでもグラトリしているのだ。ちょっとしたギャップはもちろん、フラットなところでも木の横っちょでも、あらゆるところでジブジブやっている。それで、レールとかアイテムに入ると、超シブで決めて来る。 そう言えば、誰かが言っていたけど、ショーン・ホワイトは高速でレールをやるのでうまくない。だけど、シモンは低速でやるので、うまい、と。確かに低速でやるのは、スーパーバランスいいところで乗らないといけないので難しい。だから、シモンの擦りは、ほとんど上半身を使わない。手はかなりクワイエット(静か)なのだ。 ただ、ショーン・ホワイトも最高級だと思うけどね。高速でやるのだって難しいし、迫力あるよ。ともかく、両極端のスタイルかもしれないけど、シモンもショーンも激ウマだ! リフトの上では、来年度のハウツー構想をした。それで、世界最高級のジブ軍団が、誰もが楽しめる雪上遊びのハウツーをやるということを提案したのだった。一応、これで来年度は日本一売れるビデオを狙っている。とりあえず、日本で天下を取ったら、世界にも行きたいし。
2005-02-06
あなたの気持ちが日本にメダルを
前の日記にスノーボードバカ3兄弟というものを書いたが、そのバカの次男がやって来た。考えてみたら、この次男ハジメが一番最初に仲良くなった者である。最初に会った時は、弱っちい感じかなあ、と思ったけど、なかなかどうして骨のある男だ。まだ、若いからすぐにカッとなることもあるけど、それは真面目の裏返しだから、いいだろう。きっと年と共にゆったりして来るだろうから。 ここ1、2年ばかり、ハジメには世話になることが多い。そもそもシモンを紹介してくれたのはハジメだ。その後、シモンと僕の仕事を考えれば、本当にとてつもない機縁を運んで来てくれたのである。 また、ハジメはオレのハウツー製作の重要キーパーソン。シモンのハウツーの他にも、自分で出るハウツーコーナーにもハジメの意見は大きなウエイトを占めることがある。たぶん多くの人が気付いていないけど、自分が出ている雑誌でスペシャルサンクスでハジメの名前を出すことも多い。 世の中にはマニアックな男がいるけど、ハジメも間違いなくオタクの部類に入る。今日も「これからのスノーボード界の流れ」や「JPソールバーグがバートンのインターナショナルにいれるワケ」とか、「最近のビデオの流れ」とか話していたら、終わらなくなりそうだった。 そのへんの話を1つ紹介すると・・・。 最近、ビデオのフッテージでバックカントリーなのに、一生懸命にキッカーを作った姿はナンセンスである、と。バックカントリーというのは自然の中を滑っているところにカッコ良さや美しさがあるのに、あれではパークと似て来てしまう。もちろんパークを否定しているわけでないが、最近のバックカントリーのフッテージは、いつの間にかパークのような人口構造物に近づいている。だから、これからは昔のようによりバックカントリーを感じさせるナチュラルなフッテージが増えるのでは?と推測をしてみたのである。 子供の寝かす時間が迫っていたので、ハジメには帰ってもらい、その後、子供たちの昼寝をさせる作業。そして寝た後は、毎度のPC仕事。この昼寝している1時間半から2時間が貴重な仕事の時間。まあ、今日は朝にもそういった時間があり、そして、今、夜にもやっているわけだけど。 午後はチャーリーの散歩がてら、大河とサッカー。クレアちゃんはそばで歩行の練習。10日間ぐらい前からヨチヨチ歩くなったようなクレアちゃんだけど、最近はずいぶん長い距離歩けるし、デコボコ道でもバランスよく歩くので大したものである。 大河とは昨日もサッカーやったけど、2日目でひじょうに調子が良かった。パスをしていて、自分も普通に楽しめるくらい上手である。こんな姿を見て「将来プロ・サッカー選手かな」なんて親バカなことを考えてしまう。 そう言えば、今日は朝にもジョギングして、スポーツデイになった。体を動かさない日は何か罪悪感があるのだけど、こうして午前中にも午後にも運動した日は、とてもハッピーな気分になれる。 夜の仕事時間には、昨日アップした世界選手権のレポートをもう一度、読み直して書き直した。というのも先日、ワタキチが言った言葉が忘れられないのである。「過去2度の五輪の失敗はしてはいけない」その過ちとは、五輪ギリギリ直前で選手を決めることで、これでは五輪のための練習ができない、ということなのだ。じゃあ、そうするためにはどうしたらいいか、という話になって「世論です」ということになったのだ。世論が選手決定する協会をも動かす力にもなるのだろう、と。だから、今日オレは大手新聞社の方、世界選手権で名刺をいただいた方に、レポートを見ていただくよう連絡をしたのだ。そう、それでまた書き直したというワケである。最も原稿の方は、「これじゃあ、意図が伝わらないよう」というミスした部分もあったので、そういった意味でも書き直して良かったのだけど。そう言えば、スノーボーダー誌の岩田さんも言っていたね。「原稿は3人に見てもらう」と。なるほど、自分だけじゃ気付かない、ということ多いもんね。 なんだか話はあちこちに飛んでいるけど、あなたの気持ち、そして応援が世論となり、日本にメダルをもたらすこと、十分に考えられることです!
2005-02-03
スノーボードバカ3兄弟
山に1日行った日は、時間が経つのも早く、もう気付いたら夜中だ。 今日は毎週木曜日のdmkクラブがあったのである。 雪質はシャバ雪でまるで春みたい。シャバ雪ってひじょうに練習になるからおもしろい。だから、クラブ員たちは、みんな元気にチャレンジしていた。だけど、オレは大河の看病の寝不足に(結局、病名は扁挑腺炎、何それ?)、さらに寝違えた首が痛くて、あまりチャレンジできない状況に。それでも、途中でコブの練習やスイッチのショートターンなどのコソ練ができた。あとはクラブ員のビデオ撮影中に、自分もイメトレをしていた。 久しぶりにハジメ(浪人3に登場してます!)が来たのだけど、雰囲気がガラッと変わった。さらに、タクミ坊やも登場し、シーズン初めからいるトオルもいっしょで、dmkクラブのスノーボードバカ3兄弟が揃ったのである。彼らは一昨年のシーズンにクラブ員になって、よくいっしょに滑っているハズなのに、不思議とスタイルが違う。 ハジメはすべてのことを1歩1歩確実にステップアップするタイプで、レールでもゆっくりとした動作でパーフェクトに決めるシモン・タイプ。タクミはスピードや勢いで技をメイクするところがあるので、ちょっと荒々しい。まあ、よく言えばショーン・ホワイトのタイプか。だけど、滑りの雰囲気は童夢くんに似ているのだけど。トオルは一種の天才肌で、時々、キラリと光ることをやる。もちろんその前には努力という前提があるわけだが。 ともかく、彼らの会話はおもしろいし、また見ていても楽しい。まだ年齢も18歳から22歳ぐらいなので、これからも活躍も楽しみ! 3人に共通して言えるのは若いのに面倒見がいいことで、よく他のクラブ員を教えている。本当丁寧で、こちらが頭を下がるようなことまでやるから、大したものだ。今日も初参加の女の子を初擦りの世界に引き込むことに成功させていた。トオルなんかそのために、一度ボックスの前でその子に止まってもらい、あとは自分で手を添え、ボードを押してあげてその感覚を味合わせてあげて、本当にやさしいいい奴だ。 家に帰ってからは、ちょっと仕事して、また食事の支度や子供といっしょに風呂に入ったり。クレアちゃんがいつも通り7時に寝て、大河はちょっと遅めの8時半頃に寝て、そしていよいよ9時頃から再び仕事開始! それで気付いたら夜中なのである。不思議なほど時間が経つのが早いのだが、なんだかんだ言って夢中にメールを返答しているから、遅い時間になるのだろう。メールも全部返答したし、そろそろ仕事を終わりにしてもいいのだけど、もう1つ気になる仕事あるから、そいつをやっつけて、昨日買った赤ワインでも飲みながら、スノーボード・ビデオ見ようかな。