Profile

飯田 房貴
FUSAKI IIDA

fusaki@dmksnowboard.com

生年月日: 1968年12月10日
血液型:O型

家族、生活
妻(シャーリー)、長男(大河10歳)、長女(クレア8歳)
カナダ・ウィスラーに住む、地元は江戸川区の平井

趣味
サッカー、読書、料理、松茸採り、ハイキング、キャンプ、サーフィン

好きな食べ物
味噌汁、おにぎり、納豆、スパゲティ、カレーライス

経歴
1985年11月当時16歳の時、天神平にてスノーボード(注:当時スノーサーフィンと呼ばれる)を始める。
翌年、丸井スノーサーフィン大会を始め、全日本に参加。全日本でダウンヒル25位に入って、スポンサー「スノーテック」が付く。
高校卒業と同時に株式会社大日本印刷へ就職。
スノーボーダーとしての夢諦めずに88年末に退職。
89年(平成元年)野沢温泉に篭もる。
同年、ニュージーランドに行き、日本人スノーボーダーとしてNZ住み込みのパイオニアになる。
仕事は1年目レストランのキッチンヘルパー。
2年目はスノーボーダーとして初のテレビ・コマーシャル(注:アルペンのコマーシャルに真木蔵人役の滑り手)に出演。
2年間のニュージーランド修行を得て、カナダ・ウィスラーへ。
最初の年、日本料理レストランでスシ・シェフをしつつ大会に参加。
翌年にはスノーボード・ショップ「A3」で働く。
その年の大会成績(BC州スラローム4位)が認められて、株式会社ミナミのスポンサーがつく。
その後は、カナダやニュージーランド、日本を往復し、大会に参加。
主な成績は、全日本関東大会スラローム4位、ニュージーランド・ナショナル大会スラローム9位、カナダ、ウィスラーのローカル大会でスラローム優勝など。
94年には、初のハウツー・ビデオのディレクティング兼モデル、ハウツー本の執筆兼モデル(共に千早書房)を手がける。
翌年95年には日本文芸社から2本のハウツー・ビデオのディレクティング兼モデルを行う。
選手としては、カナダでプロ登録してGSで14位などの実績。この年、カナダのインストラクター免許(CASIT)も所得する。
96年SAJ全日本大会を最後に、遂に選手としてセンスがなかったことを痛感!たくさんの人に惜しまれながら(?)、選手生活を引退する。
その後はスノーボード業界へのオールランダーへの道へ歩む。
執筆力を生かして、専門誌ではハウツーのコラムを執筆。ハウツー・ビデオのディレクティング、専門誌のハウツー・コーナーのディレクティングなどして、その頃から「ハウツー天使」と呼ばれる。またそのハウツーの仕事が認められ、現在はハウツー王の異名を取る。
98年、スノーボードの永遠師匠であった親戚の兄貴の死を期に、スノーボードに人生を賭ける宣言!スノーボードに関する様々なワークをトライし、スーパー・オールランダーの道へ歩み始める。
2000年8月に会社設立へ。
年間100日ほど雪山に行く生っ粋のスノーボーダー。


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2005-07-29
バンクーバーに行ったワケ
今週、我が家では来週の月曜日にバンクーバー・アイランドに4日間旅行に行く、というニュースが流れた。いつもこのようにニュースを発表するのは、家族一番の石頭シャーリーであるが、彼女曰くこのニュースのリリースは、今月一度どこか(食事中?)で行われているとのこと。家族にしてみれば、唐突のことだが彼女の方では前から考えていた、ということである。ここで歯向かえば、毎度のことながら世界大戦が始まるので、ともかく自分はこの4日間の旅行の了承をする格好を見せ、それからこの旅行中も自分の仕事などで不備出ないように考慮した。 すると、この旅行は仕事面ではほとんど不備にならずむしろ良好である、ということがわかった。というのもシャーリーが旅行気分でハッピーに子供の面倒を見ている間、オレは仕事がおもいっきりできるのである。 金銭面でも問題は少ない。泊まるところはシャーリーの姉家族の家だし、その家族はちょうどオレたちが行く間にどこかに旅行するということだ。しかし、到着して2日目には一度合流する機会を設ける、ということだが。 ところが大きな問題が1つあった。それはチャーリーBOYの面倒を誰が見るかである。そこで、昨日からオレの方でもその捜索をし、実際、ここ最近、撮影を手伝ってくれたカオリンが朝と夕方の散歩、そして食事を与えることで了承を得た。これでまず安心なのだが、チャーリーは、朝、昼、夕と1日に3回散歩させているので、昼間の面倒を見る人がいる。本当なら誰かに家に泊まっていただいて、面倒を見てもらえたら不安がないのだが。 そんな時に現れたのはヘザーだ。彼女は、チャーリーを一目見た時から運命の再会とばかりに、何かと面倒を見てくれた人。つまり、見ず知らずの自分たちに「お宅のワンちゃんの散歩させてもらえませんか?」と尋ねて来てくれたのだ。それ依頼、ヘザーは週に何度もチャーリーを散歩に連れて行ってくれていたのだが、ここ2ヶ月旅行でいなくなっていたのだ。ところが、今週ちょうど戻って来てくれて、今回もずっとチャーリーの面倒を見てくれることになったのである。彼女なら一安心である。 仕事面、金銭面、愛犬の世話面、ほとんどクリアになったワケであるが、ちょっと気になるのは最近の我が家の食卓の寂しさ。というのもここ2週間以上もバンクーバーに行っていないので、納豆もほとんどないし、おしんこもないし、その他もろもろ日本の食材、カップラーメンやらお菓子などもないのである。ウィスラーでも買えないものでもないが、特にいつも食べているお米がなくなって来ているのは致命傷だ。そこで、今日はバンクーバーに行くことにしたのだ。ついでにヘアー・カットにも行きたかったし。あとは、アヤネもおみやげをあまり買っていないようなので、バンクーバーで最後のショピングを、という気持ちで。 そんなワケで今日は、朝に大河をデイケア(保育施設)に送って行った後、そのままクレアちゃんとアヤネといっしょにバンクーバーに行った。途中、洋服屋を見たり、ファーマセーブでオムツなどを買ったり。そして、日本食材屋さんに行って、さらに床屋、というようなコースを周ったのである。 毎度のことながら、バンクーバーに行くと買う予定もないものまで買ったりするのだが、とりあえず我が家にお菓子やビールのつまみになる裂きイカなどがあるのは、ささやかな幸せだ。仕事をした後に飲むとうまいので、もうちょっと頑張って仕事しよう、っと。
2005-07-27
美しさ
山に上がって最後の撮影。 まだアイテムもあるし、滑ろうと思えば滑れるけど、やらなくちゃいけない仕事もあるので、今日で最後になった、と思う。天気も良かったし、楽しい撮影だった。 夕食を取った後は、あきほさんのところへ。あきほさんは、こちらの保育所のようなところで仕事している方で、時々、30代の会というのを開いてもらっている。この会は、ウィスラーに住む30代の人が集まってそれぞれ自分たちで作った食事を持ち寄って、集まるというもの。毎回、それがひじょうに楽しくて、良い時間を過ごさせてもらっている。 しかし、今日、あきほさんのところにいったのは、シモンのハウツー・ビデオのあるシーンの撮影のため。コマーシャル風に話す、外人女性風のトークが必要で、英語が堪能で声がよく通るあきほさんにお願いした、というわけだ。 もちろん、このような仕事をあきほさんはやったことないのだが、果敢にチャレンジしてくれた。あきほさんの声は、とてもクリアで最初のフレーズを聞いたところで、「お願いして良かったなあ」と思った。 慣れないから、ところどころつっかえてしまい、そのたびにそのセリフを読み直すのだが、その録音している姿勢を見て、本当に集中していただいてやってくれているんだなあ、というものがひしひしと伝わった。そして、人というのは、何事も純粋にチャレンジしている姿勢は何かアートというか、美しいものだ、とも思った。 きっと結果でないんだろうなあ。その瞬間に自分の持っている力を素直に発揮するようにして、それを続けている姿が何か人の心を打つ、というか。自分のもっているものを表現する時はアート、そして美しさであったり。 小学生の時、音楽で一人ひとり歌わせられたりして、オレなんか照れてちゃんと歌えなかったけど、クラスの女の子に何人か歌っている子がいて。今、ふっとそういった光景を思い出したけど、あれなんかも美しさを感じたシーンだったなあ。何よりもできあがっているものを見せられるようりも、その人間が持っているものを発散させている時にアートを感じるというか。 今日、撮影していたカオリンも自分の持っているものを一生懸命に出そうとしてくれて。やはり、そういう姿は美しいと思うし。 まあ、そんな分析ごとをしているばかりでなく、自分ももっとアートを作り出したたいし、美しいと思えるようなことをやってみないと!
2005-07-26
子供たちと山へ

朝からたくさんの子供たちがやって来たので、「今日は天気もいいし、山で行こう!」ということになった。子供たちは日頃あまりバスに乗らないから、バスでビレッジまで行くのも新鮮なようで大ハシャギ。さらにゴンドラでもちょっとした揺れで盛り上がるし、とても楽しそうだった。彼らを見ていると、本当に明るい気持ちにさせてくれる。

今日、山に行くことは昨日なんとなく思い立ち、お弁当用にご飯を多めに磨いどいて正解だった。
今日の楽しい一日を振り返り、彼らの笑顔がオレのエネルギーなんだなんだなあ、と思った。

2005-07-25
初心の心を忘れべからず
今日も快晴でとっても良い天気。 朝、ビデオの件でシモンに電話して、お願いごとをした。ビデオのちょっとしたパロディ部分で外人のお姉さんがコマーシャル風に読む原稿があるのだが、その直しを催促したのである。先日、メールで送ったことだけど、どうだろう?と伝えたら、「忘れていてゴメン」と言い、その直後に直した英文がやって来た。こういうところ、シモンは本当に助かる。 そこへ行くと、Bライダーは困りもの。ハウツー内容部分でインタビューをしなくてはいけないのだが、何度電話しても返事をして来ない。思わずフゥーってため息が出る。「お前はそんなに偉いのかい?」と思わず突っ込みたくなるけど、一度乗りかかった船ならず仕事なので、最後までしっかりと良いコンテンツを制作する義務があるのだ。ともかく、来年は発想を変えて、Bライダーを使わなくても良いハウツーができるように考えよう、と改めて思う。 冷たいようだけど、世の中このように選別されて仕事が選ばれていく。これがオレが生きるスノーボードの世界だけど、結構、他の業種でも同じでしょ? 今日、メールがあり、「送ったハウツーの写真、一部ちょっとクオリティがよくなくて使うのがキツい」と言う。写真を見ながら原稿を書いた時には、小さいサイズの写真だったので気づかなかったが、大きくすると確かにピンが甘い写真があった。と、なると再撮影が必要なわけで、この夏、もう山に上がらなくてもいいかな、と考えていた者にとってはちょっと厄介。だけど、ここで山に上がらないと後悔は目に見ているし、何より10万人以上の読者を相手にするのだから、ここで上がらない手はない、と自分自身を叱咤した。 撮影してくれたお助け隊のカオリンに連絡。カオリンは申し訳なさそうに、 「お忙しい中、2度手間をかけることになってしまい、申し訳ございません」 との返答だった。 凄い素直な回答に感激。これで、「よしっ、ますます頑張ろう!」という気になった。成功する確立を上げるために、デジから一部の撮影はフイルムに変えようとしたり、またピンが絶対に合うようにその撮影場所で決めて撮るようなことをやったり、ともかくいろいろなアイデアが浮かぶ。 しかし、世の中には不思議なほどやる気が失せる対応する方もいて、結局、人間というのはスキル以上にその精神が大切なんだなあ、と改めて思うのである。得てして、上に行く人間ほど、そういった堕落した態度を見せることもあるので、カオリンを見習って、オレも初心の心を忘れべからず、ということを肝に命じる。
2005-07-23
ファッション

木曜日に山に上がってから、昨日、今日と天候がもう1つ良くない。ここ最近はずっと晴れだろうからと思い、もし木曜日に撮影できなくても、ずっとチャンスはあるのだろうなあ、と考えていたけどそうではなかった。結果的に木曜日に今年最後となりそうな撮影が終わり、良かった。また、この天気の流れを見て、やはりやれる時にやらないと恐いなあ、と痛感した。

今年の仕事で一番最後に持って来たのは、自分が書いて登場もするスノーボーダー誌のハウツーである。アレンジが大変なものから優先させて仕事したので、自分の仕事が残ってしまったのである。しかも、もう7月も終わりに。

だけど、この時期に自分の撮影をするのは、嫌いでない。晴れればかなり暑いので、アロハを着て滑れる。昨年のハウツーもアロハを着てやってみて、なかなか好評だったので今年もアロハを着たのだ。

このままアロハを着て6回分の連載をやり切ろう、と考えたのだが、途中で気が変わってスミスのTシャツを着ることにした。このTシャツはお気に入りのデザインだし、何かスノーボードの楽しさが伝わるポップな印象だったので、ぜひ着たいと思ったのである。それで、3回目と4回目の連載部分でこのTシャツを着た。

残りの2回をどうしようか?考えたら、今回お手伝いしてくれているカオリンがカッターシャツにネクタイがいい、というので「なるほど」と思った。しかし、残念ながら家にネクタイが1つもなかった。何か結婚式で使ったような気もするのだが・・・。仕方ないので、紺のシャツを着ることにした。なんとなく普通って感じだけど、ボタンを外していい感じ。

それを見ていたカオリンは、水上真理風ですね、と。
なるほど、確かにマリちゃんの格好のようにシャツがなびいている。その姿がなかなかいいではないか!

格好にはかなり無頓着な方だけど、こうしてファッションに気を回すというのは、なかなか楽しい作業でもある。ファッションもスノーボードの楽しさの一部かな、と改めて思った。そう言えば、若い時には常に自分の格好を気にしていたものだなあ。だけど、年齢と共に無頓着になって。これからはこれを機会にちょっとファッションにも気を配ろうかなあ。やはり、自分で気に入った格好をしている日は気分もいいからね。

2005-07-22
★カオリン★
自分のハウツーコーナーの撮影終了。撮影ボランティア隊(と言っても一人)のカオリンは頑張ったね。ここ数年、自分のハウツー・コーナーは、プロで活躍しているカメラマンでなく、自分の周りに出て来た人で、「撮影したい! この仕事の世界を見てみたい!!」という人とやっている。彼らにいろいろ教えるのも時間が掛かる作業だし、辛抱もいる。こちらが何度も滑ったり、細かい指示を与えたり、今年の場合には町で練習日も作ったり。 しかし、ちょっとずつオレも教え方がうまくなって来て、即席カメラマンを作るのがうまくなって来た。 それで今年、来てくれたカオリンは、不思議なほど良くやってくれたね。いい意味で期待を裏切ってくれた。何か女性のカメラマンというのは男性よりもしっかりと撮影しない、という認識があった。これは女性軽視という意味にとってほしくないのだけど、一般的に男性の方がそのレンズに滑っている人間を命中させて撮影を続ける力というのがあるように思えるのだ。 だけど、カオリンはなかなかそういったところも頑張ったし(注:日頃打った注射で集中力が鍛えられたかな?)、それに加えて絵を作るということもまでやっていた。また、さらに素直にアドバイスを聞き、決してその心は屈することなく向上心に燃えていたようなのだ。だから、やるたびんにどんどん上達して行き、最後はかなり信頼できる場面も増えて来た。もう、あまりあれこれ言わなくてもいい、というか。 なんでカオリンがそんなに良い仕事をしたのかなあ、と考えるとやはりその人生にあるバックグランド、経験かな、と思う。彼女はカナダに来る前までに看護婦をやっていた。そこで、何人もの死に遭遇し、また誰かが他界すれば自分の看護の仕方が良かったかどうか深く考える。そんな大変な経験をしている間でも、その場その場で常にベストを尽くす努力をしていたのだと思う。だから、新しい仕事をやってもその仕事に集中するのだろう。 例えば、オレがこうした方がいいよ、こうしないとダメでしょ?とアドバイスを送ると、必要以上に萎縮したり、考え過ぎになってしまう人がいる。その場でどんなことをすればいいのか冷静に判断できなくなることもある。それでは良い仕事ができない。 ともかく、今年の自分のハウツーは近年にない良いものができたと思う。とても嬉しいなあ。カオリンもこういった新しい経験をして充実していたようだし、本当に良かったと思う。そして何より手伝ってくれたこと、大変感謝!
2005-07-20
吾郎
今日は山に上がらなかったので、まず昨日撮影した素材をチェックしつつ、それぞれアラの原稿に写真を当てはまる作業をした。残念ながら、再撮影しなくてはいけないものも出て来たけど、一応、明日の撮影を最後に予定していたので、今の時点でわかって良かった。 それから、今日は猛烈にいろいろな原稿を執筆したり、いじったりした。今、残っている仕事の全体像をつかむために、その原稿の切り口などをさらに深めていったりしたのである。 例えば、タイトルの後にリード文やプロフィール文まではしっかりと書いて、さらにその原稿の大枠、項目によるページの割り当てのようなものをやった。これらのような作業を、いろいろな原稿でやったのである。だから、万が一、「その原稿を明日送ってくれ!」と言われても、一応、設計図というか、それぞれの原稿の書き方は決めたので、徹夜すればなんとかなる、という状況だ。もちろん、そんなことは言われないけど、ともかくこうしとけば何かと安心なので。 夕食の支度でポークをバーベキューしていたら、吾郎くん(小松)が参上! 相変わらず笑顔がいいね。ちょっとビールを飲んだこともあり、最近の吾郎の考えなど突っ込んで質問してみた。そうしたら、ひじょうにおもしろい内容を聞くことができた。いつかニュースで発表できるだろう。 ところで、吾郎というのは最初、オレがウィスラーにいた90年からすでにカナダに住んでいた。確か当時は中学生だったのかな。図工の時間にスケートを作っていた吾郎少年を思い出す。最初の年はほとんどいっしょに滑らなかったのだけど、夏のパイプでいっしょにJTエアー(当時憧れの縦回転技)をやったのは、今でも良い思い出。あの日、他にも周くんがいて(今、CSBAの先生)、結局、できなかったのはオレだけだったんだけど。悔しかったけど、あの日、3人でチャレンジしたことは本当に良い思い出だったと思う。 次の年は、吾郎はダイナマイト・キッズの看板ライダーだったね。つまり、今のdmkの前身のチームだ。オレはスノーボード・ショップで働いていて。そう言えば、オレは昔からスノーボードの仕事をやっていて、吾郎は昔から頂点を目指し頑張っていたんだ。そんで今でもお互いのやっていることは当時の延長にあることで。人生っておもしろいもんだなあ。オレたち5年後、10年後はどんなことやっているのだろうか。きっとお互いスノーボード関連だろう。
2005-07-19
山+PC執筆=眠い
うわあ、眠い〜。 山で撮影した後、パソコンで執筆ワークって超眠くなるなあ。 今日は疲れて夕食の支度をするのも面倒になって、外で食事を取った。 夕食の後、特集の残り分をアップ。 たまには早く寝よう、っと。おやすみなさーい!
2005-07-18
ヤンキースと巨人
昨日はハウツー撮影をして、今日はそれのまとめ作業。そして、1つの原稿を書き終えた。普段なら月曜日は、朝からシャーリーが仕事でこんな時間がないのだが、心強い味方アヤネが朝から子供たちを見てくれたので、大変作業が進んだのだ。 終わった原稿は、毎年恒例のスノーボーダー誌で自分が出るハウツー原稿。これを1つ完全に終わらせて、2回目の原稿もだいたい写真を合わせてまとめた。ちなみにこの作業をアラ原稿とも言う。 さらに明日、撮影を行うための絵作り。どんな写真が必要なのか具体的に考える作業である。 ところで今日はヤンキースが遂に首位に立った。一時期はずいぶん1位とゲーム差があり、確か7ゲームとか離れていたと思うのだが、さすがに常勝ヤンキースである。 今夜はなんだかシーソーゲームとなり、夕飯の支度をしながら見て、さらに夕食を取りながら見て、またお茶を飲みながらみて、それでも終わらないので仕事しながらチェックという感じだった。ともかく、このようなゲームをものにしたのは大きい。 それにしても我が愛しの巨人と言ったら、今年はもうほとんど終戦宣言である。もう、あまり愛しいって気も薄れたけど。 ヤンキースも巨人も同じ金持ち集団なんだけど、以外と違うのはこれぞ巨人、これぞヤンキースという選手がいるかどうか。 例えば、ヤンキースは外から高いお金で良い選手を取って来る、というイメージが強いけど、チーム・キャプテンのデレック・ジーター、イチローも憧れたバーニー・ウィリアムス、さらにキャッチャーのポサダは生粋のヤンキース。一応3年だけど、メジャーではヤンキースでしかプレイしていない松井もヤンキースっぽいよね。 ところが巨人は、もう1つ主力の選手が巨人でないよね。生粋の巨人と言ったら、高橋、仁志、阿部、清水などなど。あれっ、意外にいたな!? だけど、なんでオレ、そんなこと考えたのだろ? あっ、わかった。元々巨人ファンだった自分が大好きな選手や監督がいないってことかな? 例えば、ヤンキース・ファンと言ったら、やはりジーターとか、ウィリアムスが好き、そして監督のトーリも好きって、イメージがある。だけど、今の巨人は、清原好きでない。ローズも外様。小久保好きだけど、ダイエーからだし。高橋ってのは、なんかクールな印象で好きになれない。監督の堀内も暗くて苦手。まあ、あくまでもオレの主観だけど。 松井がいた時には、監督が原で、その前が長嶋さんだから言うことないよね。 自分が高校生の時には、松本、中畑、原、山倉などなど、おもいっきり巨人って感じ。 自分が野球を見出した時には、柴田、高田、張本、王、土井、柳田、河野、吉田って感じだったなあ。監督はもちろん長嶋さん! だけど、これから巨人を立て直すと言っても、いくら強いチームができても自分としてはなかなか巨人ファンになれないかな。そうかと言っても見捨てられないので、ちょっと考えてみようか。 まず監督は原だね。当然。ヘッドコーチは中畑がいいよ。江川は頭いいし、監督になったら勝てそうな気もするけど苦手だね。 選手はどうだろうか? これは困ったなあ。まず練習ムシの小久保を軸にするしかないよなあ。いらないのは、清原とローズ。まあ、元木はなんとなくおもしろいので残しておこう。 高橋がもっとドロ臭く変身したらカッコいいんだけどなあ。 仁志、清水、二岡、高橋、小久保、阿部って感じで作るかな。それで監督が原なら、なんとなく巨人っぽいでしょ? あと、外国人は、レッドソックスの控えのジョン・オノルーって奴いいよ。ファーストの守備うまくて何度かゴールドグラブ取っているし、元々ブルージェイズやマリナーズで4番打っていたし、選球眼が良くファーボールを取れるし。どうせレッドソックスの控えのキャプラーとか取るなら、オノルーを取ってほしいよ。 ピッチャーは、ともかくお金たくさん使って、いいのを取って来てって感じ。もうピッチャーは巨人らしさとかはあまりこわだらない。ともかく、良い抑えがいないと話にならないので、それこそヤンキースから守護神リベラを1年契約30億円で取ってくるか!? あっ、そうそうセットアッパーのゴードンとか言うやつなら、ちょっとは現実的な話かも。 まあ、以上、オレの勝手な夢話。
2005-07-17
分野は違えど

山でスノーボーダー誌のフサキ・ハウツーの撮影。ボランティア隊のカオリンが大活躍した。さすがに元看護婦さん(?)。注射を打つ時の集中力か、または常に死と瀬戸際の重症患者を受け持つ境地や度胸が活かされたのか、大活躍したのである。

オレはよく撮影したいという人に、「絵を描くのは好きですか?」と聞くのだけど、カオリンは風景画を描くのが好きと答えた。これは、専門誌で大活躍するフォトグラファーのマルくんが、修行時代に入る前、師匠になる人から質問された内容なのだけど、確かに絵を描く人は、写真でも絵を作るセンスに長ける。つまり、目の前に広がっている景色も、その絵のカットの仕方や色の使い方で、全然変わって来るもの。

カオリンと今日、撮影してみて思ったこと。どんな人でもある世界で一生懸命にやって来た人は違う分野でも活躍するもんだ、と。自分の周りでは、ビデオのアキもそうで、元々はトヨタ自動車のカラーリングに関するデザイナーかなんかだった。サラリーマン時代は相当真剣にやったと思う。

ともかく、どんな仕事でも真剣にやる人は、遊びも真剣にできたり、また他の仕事でも真剣にやって、極めて行く力が強いと思うのである。

2005-07-16
夢ハウス

今日は山では曇っていたようだけど、比較的に里では良い天気。明日からの天気予報も晴れマークがついて、いよいよ夏らしい天気がやって来る模様だ。嬉しいね! ビールがおいしいぞ!!

午前中はウエブの更新作業。しかし、こういう日に限ってヤンキース戦がテレビでやってしまうんだなあ。しかも相手は宿敵レッドソックスでこれは見ないわけにはいかない。仕事もしたいし、ああ困った。だけど、更新日なのでやはりその作業を優先した。ウエブで実況中継を聞きながら、時より松井の前あたりからテレビを見に下のリビングに行ったのである。

ヤンキース戦の内容は、まずまずだったかな。後半戦に入って松井がヒットを打たないのはちょっと残念だけど。このまままたもやスランプに落ちそうで心配でもあるけど、きっと明日は打つような気がする。
ヤンキース対レッドソックスというと、日本では巨人対阪神のように伝統の一戦。そして乱闘試合があることでも有名なんだけど、今日ももうちょっとで乱闘かな、という場面があった。
相手のピッチャーが3番シェフィールドの背中の後ろに投げちゃった球。なんだか、ぶつけようとした球のようであり、怪しかったなあ。その直後、怒りのシェフィールドがグリーンモンスターに直撃のヒットだ。ここの球場は、なぜかレフトスタンドにあり得ないほどの高さの壁があり、それがグリーンモンスターと呼ばれているのだ。アナウンサーも結局ヒットに終わったシェフィールドを本来ならホームランの当たりだった、と解説。続くバッターは世界一お金を稼ぐメジャーリーガーのAロッドが登場。彼が見事にホームランで、ホームベースで待っていたシェフィールドと両手をぶつけ合って健闘を称えていた。見たかコノヤロー、レッドソックスという具合に。
ちなみにこのAロッドもシェフィールドもレッドソックスという存在は超宿敵。というのもAロッドは、昨年のア・リーグチャンピンシップで幻のネコの手事件というのがあって。まあ、話すと長いのでカットだけど大事な場面でとんでもないズルしてアウトになったという話。
そして、シェフィールドは今年、お客さんとケンカしてしまった。なんと外野のお客さんさんがシェフの守備を妨害してしまったんだ。

そう言えば、このテレビ放送を消した後、ちょうど日本語チャンネルには昨日の巨人戦がやっていた。うーん、なんだろこのギャップって感じで、日本のプロ野球人気が下火になるのが改めてわかるような思い。日本のプロ野球選手も実力あるチームというのはわかっているのだけど、何か球場の雰囲気が良くないというか。スケール感が小さい印象というか。テレビの放送のスタイルもカッコ良さがないというか。まあ、このへんのこともいずれくわしく分析して発表したいところ。

子供たちが起きた後は、天候も良かったので、隣町ペンバートンにブタやらヤギ、ニワトリなどを見にファームに行った。ここに来ると、カナダの大自然が感じれるから、好きなスポット。それと、ここには前、オレが買おうと思ってシャーリーの反対があって買えなかった家も近くにある。必ずこのファームに来ると、その家をちょっと眺めるんだ。庭が大きくて、フルーツの木があり、家のバルコニーではそれこそ10人以上のパーティができるようなスペースがあり、しかも眺めがいい。ここの家を見るたびに、ああ、いつか買いたい!こういう家と思って、頑張りエネルギーが生まれるのである。当時は3千万円とかで買えたのだけど、今では、きっと7、8千万円で高値の花なんだけど。まだまだあきらめないぞ。このフルーツの木の周りで、大河とクレアちゃん、そしてチャーリーBOYが楽しそうに走っているところを夢見ているのだ。

2005-07-15
アヤネ
昨日は撮影で執筆はほとんどできなかったけど、今日はかなりドカーンと行ったかな。いやいや、もっと行きたかったのが正直なところ。まあ、これからもアヤネがいるので、ガンガン行けるぞ。 それにしてもこのアヤネという子は凄いね。今までのベビーシッターにいろいろアドバイスとかやり方など説明したことを、ほとんど伝えなくても、やってしまう。それも楽しそうにやっているから、凄い。 例えば、オレはよくベビーシッターの方に帰る時に「大変だったでしょう?」と語ると、「ええ」とか答えたりする。またイエスと言わないまでもベビーシッターは大変なこと、というという回答がその雰囲気で出てしまったりするものだ。 これはあたり前のことで、オレ自身、同じ立場で大変なことだと思っている。 しかし、アヤネと来たら、とってもナチュラルに子供たちと遊び、笑い声が耐えなくて、本当に面倒見がいいのである。だから、オレも気兼ねなく仕事に打ち込める。なんだか、よくできた一番上のやさしいお姉さんという感じで、大河もクレアちゃんも本当になついているのだ。 今、自分の仕事を整理したら、ウエブ以外の執筆の仕事は24個あった。これらの仕事は頑張って、アヤネがいる今月までに終わらそうと考えている。アヤネはまた冬に戻って来たい、と言っているがぜひ帰って来てほしい、と思う。
2005-07-14
JとB
今日は、気がかりだったハウツー撮影の1つを終わらせることができた。ここのところずっと、それこそ1ヶ月間まともに晴れた日がなかったが、もう今日しかないということで、多少の曇りは気にせずGOしたのだった。 実のところ昨晩はこの撮影のことでなかなか寝れなくて。もう今日も晴れなかったら撮影できるチャンスも今後なくなりそうで「ヤバイなあ」と内心ビクビクしていた。というのもいつも明日こそ!と思って寝ると、翌日は見事に曇り空なのである。天気予報も悪い方にばかり転び、例えば晴れ&曇りマークが出ているので、これなら行けるぞ!と思っていても、実際には小雨が降ったり散々な天気だったのである。 昨日も夢の中まで自分はこの撮影をしていた。これで何回目だろうか。きっと3回はこの夢を見てしまったのだろう。やらなきゃいけないという使命感と、できないというジレンマの間で長いこと気に掛かっていたのだ。 それで今朝も早くから起きて大丈夫かなあ、と心配しつつ空を見ていた。もう1つ光の差し方は弱かったが、雲の量は少ないので行けるだろう、と思った。だけど、まだ朝早かったので、Jカメラマンに電話するのは早い。結局。朝8時頃に電話をした。 Jカメラマンも行けるということになったのだが、今日はBライダーが遅く上がる、と。なんじゃい、それ? Bライダーはキャンプの仕事もあるし、朝は9時前集合でないのかい?と思ったけど「いや、今日は9時過ぎに待ち合わせ」と。仕方ないなあ、ということで、それなら「何時に集合するのか改めて電話して」と伝えて切った。 なかなか電話が掛かって来なかったが、9時に電話があった。「Bライダーとは10時に待ち合わせ、することになった」と。なんか歯切れが悪い回答だ。なんじゃい、それそれ? 早く青い空が見ている内に上がらないと、またまた山に上がったとたんに曇るぞ!と思ったけど、何かJカカメラマンも間に入って困っている様子。ともかく「じゃあ10時にね!」ということで電話を切った。 そして、オレはいつものように約束10分前には到着。とりあえず、今日の撮影のイメージ作りをやっていた。だけど、約束の時間が過ぎてもなかなか来ない。やることないので、立ち姿のハウツーの絵コンテまで描き始めた。うーん、どうしようかなあ、どこまで待とうか。だいたい過去の経験では、辛抱が足りなくなって立ち去った後に来てしまうもの。だから、とりあえず、まあ10時半までは待とう。ちょうど、そう思っていたところ、本当に10時半にJカメラマンがやって来た。Jカメラマン曰くBライダーは、あともうちょっと15分くらい掛かる、と。フウーってなため息を思いっきりしたかったけど、我慢。というのも撮影をやると決めた以上は、自分が辛抱して良い撮影の雰囲気を作らないといけないからである。 だけど、Jカメラマンはここまで遅れて来て、朝食を取っていた。まったく、どういう神経しているんだか。オレは内心イライラしながら、コーヒーを飲みつつ待った。そうしたら、Bライダーからの電話。あと、少しで行くよ、とのこと。さらにJカメラマン「フサキさん、悪いけどBライダーに朝食のテイクアウトを買うので、10ドル貸して」と。ああ、いいよ、と渡してそそくさと買いに行った。しかし、もうこの時点で11時になろうとしている。11時になれば一般開放の時間になりシーズンパスをもっているオレは、リフト券を安く買うことができるのだ(注:今回の撮影では夏のキャンプパスで上がろうとしていた。しかし、そのチケット料金は高い)。それで先に、リフト券を買いに行った。 結局、11時過ぎに現れたBライダーは、かなりかったるそうに歩いて来た。この姿を見て、相当酷い二日酔いであったことが判明。なるほど、Bライダーが遅れた原因も、Jカメラマンの態度の歯切れが悪かった態度の原因は、こういうことだったのかあ。 ところがハプニングはまだ終わっていない。なんと、JカメラマンとBライダーのパスでは、一般開放しているこの時間では上がれない、とのこと。ここまで待って撮影できないピンチになったが、さすがに夏キュンプのオギナイザーであるBライダーは、なんとか交渉し、またそのリフト係もマネージャーに電話するなどすったもんだしたあげくに、なんとか上がることができた。 まあ、この時点でもかなりキレそうになっていたけど、不思議と仕事の義務感から、撮影することに集中している自分がいた。そう、自分は常に与えられた環境で、最善の道を選ぶのみ、と決めている『感情を殺したロボット』になっていたのだ。だから、リフトでいっしょに山へ上がる時にも、その撮影が良い状況でできるように和やかな雰囲気、ライダーにもリラックスする雰囲気作りをするようにしていたのである。 撮影の方は、さすがにBライダーはうまく、しっかりと決めて来る。まさにオレはBライダーに求めていた光景だ。Jカメラマンも与えられた環境の中で、良い仕事をしていた。 ともかく、BとJは仲がいいので、例えばJカメラマンがミステイクしているかも(注:きっとちゃんと撮れているから心配なのだろう)、という時でもBライダーは快く何度も滑ってくれる。何しろ便利なのは、自分のハウツーの内容をしっかりとJカメラマンには伝えていたので、JがBにその趣旨を伝えて撮影をディレクティングをしてくれること。普通の撮影では、オレのたどたどしい英語で、撮影内容を伝えるワークもあるのだから、それが省けただけでもありがたい。 ちなみに、シモンなんかは会話しなくても頭がいいから、どんどんやってくれるけど。 だけど、今日一日のことを考えれば、かなり苦しい状況であり、結果オーライというところだろう。 まず感情の激しい自分が極力感情を殺せたことは良かった。思わず昼間の自分を褒めたくなるほど。 しかし、自分はこれから彼らと仕事するのだろうか?と自分自身に問いたくなる。 Bライダーの遅刻、二日酔いの失態。この撮影の仕事が春から行う予定にも関わらず、Bライダーの事情などにより、伸び伸びであったこと。さらにBライダー、この日記を書いて思い出したけど、10ドルを返していないじゃん!あっ、そうだ先日、「デジカメのテープなくてキャンプのデビクリできなくて困った」と大変そうにしていたところ、可愛そうなのでオレが持っていたデジカメのテープを渡したのだ。あの時も「調子良く返すね」なんて言たけど、結局返さなかったのだ。 JカメラマンはそんなBライダーの仲介役もしたこともあり、その点ではよくやったと言えるだろう。また常にBライダーとコミュニケーションを取っている間柄なので、オレがJにこの企画の大切さを伝えることで、Bライダーにも伝わっていたことも良かった。しかし、正直に情報を流してくれないこと。また、ギャラの不満を撮影中の合間にさりげなく、しかしストレートに白状してしまったことは、大間違いであったことは確かである。 さてさて、どうしようかなあ・・・、と思案どころだが、1つ言えることはともかくもう彼らを積極的に使うってことはないだろう、ってことかな。 あー、疲れた、ビールでも一杯飲んで、また仕事に戻ろう、っと。
2005-07-13
ゴメンナサイ日記
うわあ、ちょっと頑張り過ぎたかな。今日は激しくパソコンの前で執筆ワークを行い、ダメだ。もう書くの大変。肩と腰がパンパンになって来た。明日も早いかもしれないし。ってわけで、今日はまともなものなく、ゴメンナサイ日記でした。
2005-07-12
Tボードの新デッキ来る

朝クレアちゃんの泣き声で起こされる。よくある朝の出来事だ。しかし、クレアちゃんを見に隣の部屋に行ったら、アヤネがすでにいてクレアを抱っこしていた。うわあ、ありがたい! この子は最近の17歳とは思えないほどよくできている。見た目は全然、平成ガールなのに流れる血は昭和って感じである。昭和のやさしいティーンのヘルプを感じながら、もうちょっとって感じで再びにベッドに戻る。20分くらい、いや30分くらいかな。もう一回寝れた時間は幸せだった。

さて、今日からバリバリ仕事するぞ。なんと言ってもアヤネがいるから、ガンガンに仕事ができる。助かるなあ。午前中は執筆をバリバリとやった。

午後はTボードのテスト。待望の新デッキが来たので挑戦したのである。
ところが全然乗れない。あれれ、おかしいなあ。これ何か間違っていない?
いろいろウィールを変えてもうまく乗れないので、あきらめた。うーん、これではポジティブなコラムが書けないぞ。

また執筆の仕事をして、どうしても気になるので往来のデッキに変えてみた。あれれ、以前のデッキもうまく乗れない。やはり、犯人はどこかにいるのだ!

試行錯誤をした結果、Tボードのウィールの装着の部分が前輪と後輪で違うことを発見した! 見た目はほとんどいっしょなのに、1枚円盤のようなものがあり、片方はフレキシブル性があったのだ。「ははあ、さては犯人はコイツだな。フレキシブルな方が前輪なのだ。今までオレはそう使っていたのだけど、新デッキにウィールを変えた時、前後を間違って付けてしまったのだろう。だから、ウィールを変えてもうまく乗れなかったのだ」

ウィールの前後を変えた結果、やはりウィールの装着するパーツは前と後があることがわかった。そして、ここでやっとのことで、新デッキの感覚をつかむことになる。
乗った感想は、軽快! ボードが軽くなったのだろう。乗った感じが軽快である。Tボードってズッシリと強いという印象だったけど、何かもっとカジュアルな印象になった。新デッキは、ボードにフレックスがあり、よりスノーボードのようである、というようなことだったけど、まだそのへんは感じれなかった。明日も時間を作って、ある程度の坂のところでやってみよう!っと。そうしたら、ボードのしなりを体験できそうだ。

2005-07-11
アヤネ来る
朝からバンクーバーへ。今日から家にアヤネが滞在するのである。 アヤネとはdmkクラブのアヤ姉さんとは違います。オレの親友の姪です。 今日から3週間ほど預かることになったのだ。 彼女はまだ17歳だけど、考え方もしっかりしていてきちんと子供の面倒が見れる。だから、ウィスラー滞在中は家の子供の面倒を見てもらうのだ。まあ、ホームステイのようなものだ。 初めての海外生活では、きっと長いアヤネの人生にとってたくさんのことを得られるに違いない。
2005-07-10
ゆっくり成長
またもや雨だ! 今朝は青空が広がって、久しぶりに良い天気だなあ、と思ったけど。時間と共に雲がどんどんやって来た。それにしても今年の夏は不思議なほど天候が悪いなあ。 もちろんこんな天候だから、ウィスラーもあまり盛り上がっていないけど、聞くところによればマウントフッドの盛り上がりももう1つだとか。やはり北米西側の雪不足というイメージがあるのかな。実際、そうでもないんだけどね。だって、ウィスラーだってまだソーラーの上まで(中間駅より上部分)は滑って降りて来れるのだから。昨年は暑いこともあって雪が溶け、すぐにソーラー上まで滑れなくなったという記憶があることを比べても。 それで、日本人のプロ・ライダーは今年かなりの人がニュージーに行くらしい。先日のニュースでお伝えしたリル軍団を初め、メイビーエムの軍団も、その他もろもろ。昨年、久しぶりにニュージーに行って楽しかったので、今年もできたら行きたい気分もあるけど。もう1つ航空券をペイできる以上の仕事のボリューム感とかが想像できなくて。とりあえず、今年はおとなしくウィスラーにいようと考えてている。 ともかく、子供が小さいうちはなかなか難しいよね。シャーリーも仕事しているから。だけど、年々自由な時間が出て来るので、徐々に活動範囲を広げて行けたら、と考えているのだ。 実際、自分なりに理想の動きなどをレクチャーしているところ。この時期、こうやって動けばおもしろいことができるなあ、と。まあ、オレはどちらかと言うと不器用なコツコツ派だから、一歩一歩できることからやって行きたいね。ゆっくり成長して来たものは強いって部分もあるからね。最近ではクラブ活動もそういったイメージでゆっくり成長して行きたい、と考えている。
2005-07-09
ボランティア隊

朝、撮影ボランティア隊のトシ&カオリンと会う。彼らはオレのハウツー撮影に協力してくれる2人です。毎年のことながら、いろいろな伝手でアシスタントがいる。そして、彼らはいつか日本に行くのであるが、そのまま業界に流れる者もいる。

初代のイックーは、カナダの後を医者を目指したけど。
2代目はナナコで、彼女はスノーボーダー誌の編集になった。
その年にはヒロミちゃんもいて、彼女はマイクロソフトで働きつつ、現在のdmkウエブを制作。同じ年のリカちゃんは、今、何やっているのだろう。
その後はサトシの世代か。サトシは、実家の不動産をやっているが、今でもウエブの表紙を作っている。同じ年にいたアキとは大事なパートナーになった。今ではビデオの仕事を始めウエブ・デザインなどいろいろな形で世話になっている。
それからヨシくんか。ヨシくんは、接点が減ったけど最新スペシャルのC★4を作ってもらったり。
あとはシンがいて、大地くんがいて、彼らはハウツー撮影など。
ハジメやトオルはアシスタントもしたけど、ライダーとして成長している段階。タクミも含めて、この3人の若手ライダーは今後もこの業界で長い付き合いになるだろう。

まあ、業界に進まなかった人もいるけど、なんだかんだ言ってスノーボードに携わることやっている人が多いなあ。

オレが素人を起用する理由は、いくつかあるのだけど。
理由というか、動機に関しては面倒でないから。プロを使うとしっかりと日数でギャラを払うのが面倒。もちろんそういったギャラだって雑誌社が出してくれるのだけど、カメラマンを使う方が意外に深い仕事ができない。ともかくハウツーだって作品だから、満足できなければもう1回撮影したいのだ。そのためには日数に縛られたくないのである。自分のハウツー撮影はコテコテのものだから、山だけの撮影で終わらないし、里だって家の中や芝生で撮影するものがあったり。また、それでは足りないと思ったら、また撮影するし。

素人を使うというのは、今日のように練習日も必要だし、また教えるのに労力とか、うまく撮影できないから、こちらが何度もハイクさせられるリスクもある。だけど、それにも増して、おもしろいと思う! 彼らは必死で学ぼうとするし、オレも教え方の勉強ができるし。実際、彼らと仕事して学ぶことは多い。素直な読者の観点を持っているからだ。一流カメラマンとも仕事したいけど、まったくの素人ともやってみたい、と思うのだ。もちろん彼らが「やりたい!」という強い気持ちがあることが大前提だけど。

何事でも、その時はわからなくても、あることに夢中になる姿っていいね。何かを得ようとする彼らの目が大好き。

ここ最近ずっと天気が悪いのだけど、今日は比較的に良い方かな。
夕方には陽がさしたので、久しぶりに子供2人と外のテラスで食事。まあ、テラスってものでもないけど、とりあえずバーベキューとテーブル、イスがあるくらいの。外で食べると、食事をこぼしてもチャーリーが食べてくれるし、片付け楽だと思った。外の空気を吸って食べる食事はおいしいし、これからは頻繁にこの作戦を使おう。

2005-07-08
五輪野球って!?
野球が五輪種目にならなくて、王さんも長嶋さんも、残念ってコメントが出ていたね。 だけど、野球の五輪って、何かもう1つ金メダルを取って喜べないような。 だってメジャー選手が出ていない五輪って、相撲で言うなら横綱朝青龍が出ていないようなもんだよ。スノーボードで言うなら長野五輪に来なかったテリエとか、今まであまりワールドカップに出ていなかったショーン・ホワイトだよね。 よく日本の新聞とか見ると、だれだれ優勝とかで盛り上がっているけど、そのニュースを見るたびに、なんだか白けているいるのはオレだけ? オレが選手だったら「このメンバーで勝っても素直に喜べないです。世界にはまだワールドに参加していない強豪もいるので」ってコメントするけどね。そういうコメントができる方が、スノーボーダーとしてさらに成長すると思うけど。一般新聞やテレビなどのマスコミに出たからって、喜んでいるようじゃ、アマチャンもアマチャンだ。まあ、これ以上、発言するとこの世界でやって行くのが面倒になるから、止しておこう。 野球の話題だけど、オレはもっとプロ・リーグを盛り上げた方がいいと思うね。 日本のプロ野球も最後にポストシーズンをやって。セの代表と韓国優勝チームを対戦。パの代表とその他、アジアのチームと対戦。それで最終的にアジアの代表を決めて、メジャーのポスト・シーズンに殴り込み。 メジャーはその地区で優勝しなくても、勝率が高いチームもポスト・シーズンに行けるシステムがあり、現行ではア・リーグ1チーム、ナ・リーグ1チームが行けるけど、もう1チームだけにしてもらう。つまり、このシステムで上がったチームはさらに3戦ぐらいやって、どっちがポスト・シーズンに参加できるか決める。そして、1枠をアジアに譲るのだ。 例えば今年の場合には、セで阪神。パだとダイエーとかだから、最終的にはこの2チームがメジャーのポスト・シーズンに参加。阪神とかダイエーがメジャーと本気試合ってワクワクするよね。もちろん韓国チームが勝ちあがる可能性だってあるのだけど。 あとロッテとか優勝しちゃったらおもしろいなあ。そうしたら、ボビー・バレンタイン監督が名誉の凱旋帰国だ。元監督だったメッツとかとやることになったら、かなり盛り上がるだろうし。 もう野球というのは、世間一般ではプロ・スポーツ文化だから、五輪にこだわるよりもプロにこだわった方がいいと思う。今、メジャーがやろうとしてるワールドカップだって、何か?だよ。 なんだか、五輪五輪って騒いでいたら、その五輪を昇華させ過ぎて、せっかく築き上げたプロ野球文化を壊すことになると思うのだけど。まあ、確かに五輪ってブランドは凄いかもしれないけど、何か今の五輪って商売商売で「五輪です!」って感じがしないのだけど。五輪って言ったら、走ったり、重いものを担いだり、そういうものだけでいいような気がするけど。今や完全に商売道具だし、それならプロ・スポーツも同じわけで、わざわざ敬いながら、五輪の土俵に乗ることはないと思うけど。結局、テリエだってそう考えて、長野に出なかったと思うし。
2005-07-07
オレのスノーボーダー定義
きりがないから、そろそろ仕事を切り上げて、日記を書かなくては。 仕事されている方、みなさんそうだと思うけど、永遠にやることがあるね。だから、もういいや!ってところで辞めないと終わらない。今日まで絶対にしなくてならない、というのは、やり切ってしまうけど、明日でもOKなことは、うまい時間に切り上げて、しっかりと睡眠を取り、明日に回した方が能率が良い。もちろんこの考えは、やることやって、というのが前提だけど。 今日は比較的にまずまずの天候だった。てるてる坊主くん、ちょっと頑張ったね。朝はかなり青空が広がって、「おお、いいぞ!」って気持ちになったけど、雲の動きを見ていたらかなり怪しい感じ。つまり、撮影で山に上がった場合には、また上に行くにしたがい曇って来るというような。まあ、そんな気がしたのだけど、とりあえずJカメラマンには電話しておいた。そうしたら、 「いやあ、フサキさん無理です。今日はキャンパー50人もいて、とてもじゃないけど撮影できない。この状態は土曜日まで続くので、撮影は申し訳ないけど、それからで」 ふーむ、仕方がない。「ちぇっ」てな感じで電話を切る。天気予報を見れば、まだまだ来週にならないと良くならないようだし、今日だってきっとこの後、どんどん曇るに違いない。 そうしたら案の定、山は雲に覆われて行ったのだ。 カナダ人と仕事する場合のやり方で、1つ決めていることは、決して手綱を緩めないこと。つまり、ここで「やるよ!」「行くよ!」「必ずね!」と強い意志を伝えておかないと、彼らは「明日でいいか」とかすぐに考えるから、危ないのである。今日電話したというのは、そういった理由もあるのである。 ところで今日は朝から4時頃までシャーリーと子供たちはバンクーバーに行ったのである。お陰でずいぶんと仕事がはかどった。久々に一人でランチを食べて気持ち良かったなあ。いつも子供のためにランチ作ったり、食う時も面倒を見ていたから。一人でテレビを見ながら、ランチ食べれるのって、こんなに幸せなことなのか、と思った。子供がいない時だったら、あたり前のことだけどね。 しかし、人生って不思議なものだね。矛盾に満ちているというか。 ようは、ないものねだりなのかもしれないなあ。一人で飯を食べる時間がないと、そのような時間があると感謝するし。毎日、スノーボードをやっていれば、そのことに対して鈍感になって、むしろサマーを味わいたい、と思ったり。自由な仕事をしていれば、定職につきたい、とも思うし。子供がいれば、「ああ、独身貴族」なんて、考えたり。あれほど好きで付き合ったカミさんがいるのに、あんな子と浮気したいなあ、と考えたり(注:もちろんやってないよ!)。 例えば、みんな考えることかもしれないけど、お金あったらいいなあ、と思わない? オレもお金があったら、こんなことしたいなあ、あんなこともできるなあ、とか考える。だけど、実際、何でも好きなように手に入ったら、またまた不満足になってしまうような気がしてならない。まあ、そういった意味では、やはりその目標に向かってチャレンジしている時が幸せなのかもしれないなあ。 スノーボードでも同じ。どれだけうまいとか言うよりも、どれだけチャレンジしているか!ってことじゃない? だから、オレはよく言うけど、スノーボーダーという意味は、スノーボードをしてチャレンジしている人のこと。うまくても惰性に流されていつものことしかやらない人はスノーボーダーって感じがしないし、逆に初心者でも最初のターンをメイクしようとチャレンジしている人は、スノーボーダーって感じだし。これが、オレのスノーボーダー定義かな。
2005-07-06
工事現場でマーク
松井秀、球宴出場ならずかあ、残念だなあ。まあ、松井にはしっかり休養を取ってもらって、後半戦も活躍してほしい。そして、今年ことワールドチャンピオンに! 今日は午前中、クラブ員の子が日本に帰るということで、お茶する約束だったけど、急遽体調を悪くしたようでキャンセルに。外に行く準備していたところだったので、そのままビレッジにヤボ用済ませにチャリンコで出掛けた。with チャーリーBOYと。 郵便局のところまで来たら、ビレッジ内の歩道を工事していた。そこに見覚えのある顔があった。NOMISのプロ・ライダーのマーク・ソラーズである。そして、その横にはカナダのナショナルチームのコーチもいて、いやあ、こいつら頑張っているなあ、と思った。 オレが知る限り、マークのオーリーは天下一品。どんなに有名ライダーでもマークに適わないというほどうまいのだ。 NOMISのライダー選択には、シモンのアドバイスが強く反映されていると言われているが、カナダでもそれほど有名でないマークがNOMISのプロに認定されている背景には、間違いなく実力者だからである。 NOMISのライダーは3段階にレベル分けがあり、プロ、アマ、フロウとなっている。フロウというのは用具提供だけのライダーだが、そこには春大会で優勝したアーロン・シェピーロもいるし、アマではSTEPCHILD(ボード・メーカー)ではプロのフィンランド出身フレデリックもいるのだ。まさに敷居が高いチームなのだが、そのチームのプロ3人衆にマークはいるわけである。 その他のプロはご存知シモン・チェンバリン、そしてフォーラムのラウリだ。 もし、オレがどこかのメーカーでライダー担当やっていたら、間違いなくこのマークを引っ張って来てくるだろう。何せ株式上場が間違いない器だから。確かまだ18歳だったし。 ともかく、そんなマークが工事現場で働いていて、その姿を見て、まさにスノーボード文化が根付いている欧米パワーと思ったものである。 というのも、日本の場合には、ライダーは何かと言うとすぐにタレントのようにチヤホヤされてしまうから。グローバル基準のレベルで考えた場合には、まだまだというレベルのライダーでも結構稼げる土壌があるというか。そういった意味では、日本のライダーは恵まれているし、厳しいことを言えば真実から目を背けるから成長も難しい、と思うのである。 そんな中でもわかっている奴は十分にわかっているけど。 例えば、忠くん(布施)は凄いね。きっちりと世界のレベルを見つめて成長を怠らないから。まさにリスペクトに値するライダーだ。 ところで中井くんとかカズとか五輪終わったら、どうするのかなあ、と思う。彼らはとてもセンスあるライダーだし、スノーボーダーとしての頭の良さもあるから、もしかしたら五輪後にはプロとしての本当の戦いに挑むのでは?と期待するのだ。つまり、海外ビデオに出るような活動をするとか。もしくは、日本のビデオ(レッドアイだろう)でも海外フッテージに負けないものを残すとか。 なんだか、話がっちゃこっちゃ行っている今日の日記だけど、本日の内容のまとめ。 マーク・ソラーズは世界でもトップ・クラスのライダー しかし、まだ知らていない(日本ならず、カナダでも) そんな凄いライダーが工事現場で働いている 日本ではあり得ない話 こんな苦労を知っているマークはいつかきっと もの凄く強いライダーになるに違いない! 頑張れマーク! ps 今日のニュースに出した山本"KID"徳郁をBURTONがサポート!? だけど、バートンの社員さんもなぜ着ているのか不明のようである。ただ単にスノーボードが好きでバートンが好きなのかもしれない。
2005-07-05
ご利益薄れた(?)坊主くん

朝、昼、夕、晩に
雨、雨、雨、雨。

ウィスラーよ、どうしちゃったんだい?
シモン撮影前もずっと天候悪かったら、もうかれこれ1ヶ月以上天候が悪い。もしかしたら、ウィスラーはそろそろギネス・ブックに申請した方がいいだろう? 連続で快晴を見れない記録とか。

それで一昨日、シモン撮影で奇跡的に活躍したてるてる坊主くんを出したのである。しかし、その効果もなく今日は雨だ。きっとご利益ももう薄れてしまったのだろう。あの時、あんなに酷い天気予報で頑張ったから。オレたちが山にいっている間だけ晴れて、まさに奇跡的な天候だったのだ。

このてるてる坊主くん、もう活躍してくれないから、処分しようかどうか迷っている。だけど、そう考えた時、何かそのままゴミ箱にポンというのも可愛そうだなあ、と思えて来た。何かおごそかの儀式で天国に返してあげたい、というか。うーん、どうしよう?

そう言えば、毎年、オレはハイキングやキャンプに行く。そして、夜にはキャンプ・ファイヤーをするので、その時に、感謝の気持ちを込めつつ、ファイヤーしてしまおうかなあ。

おごそかな儀式と言えば、3時間ほどハイキングして汗ビッショリになったTシャツをファイヤーするとおもいしろい。「Tシャツさん、今までありがとう」という気持ちでキャンプ・ファイヤーの中に入れる。すると、まるでTシャツが生き物のように動き回り、燃えて行くのだ。その姿が、何か言葉で表現できないほど、アート感が漂っているというか。

ところで、みなさん最後にキャンプ・ファイヤーをしたのはいつですか?
ああいうのは、最低一年に一回はやった方がいいですね。うまく理由を言えないけど、火を見ていると落ち着くし、何か気持ちをリセットさせてくれるというか。便利な生活を一時期捨てて自然に帰る生活をすると、気分がとてもリフレッシュされるから。

2005-07-04
忙しい月曜日
15年ほど前、オレ、ウィスラーの日本料理レストランで寿司シェフをやっていたのだけど、今、その頃と似たような気持ちだ。というのも、返さないといけないメールは溜まっているし、何かそれが溜まったオーダーの伝票のような気がして。 働いて1年目、夏近くになってオレ一人でカウンター任されたことがあるのだけど、あの時は夏でお客さん大していないのに、すぐに忙しくなっちゃってね。というのも、冬のピークで5人とか入っていて、普段、暇な時でも2人とかカウンターにいたのに、急に辞める先輩がいて、いきなり一人になってしまったから。 一度、ウエイトレスの女の子が、オレに直接オーダーが遅くなった苦情を言わなくて、トップのシェフの人に言われたことがあって、切れたことを思い出した。「なんで、まずは直接オレに言ってくれないんだ」ってね。当時は若かったら、他人への思いやりとかうまくできないこと、多かったなあ。まあ、今でもダメダメなこともあるけど。 ともかく、オレは月曜日は忙しい。シャーリーが朝から夕方まで仕事で子供の面倒を見るから、仕事をスタートできるのが遅いから。夕方になれば、食事の支度とかもあるし。 別にシャーリーがやってくれないってこともないし、実際、今日なんかも私やるよ、言ってくれるのだけど、ここだけの話、あまり料理がうまくない。それと、後片付けが大変だから。オレは料理しながら、どんどん洗い物をする一応元料理人だから。まあ、料理人なんて言うのも恥ずかしい低いレベルだけど。 ちなみに普段はシャーリー仕事でも家を出るのは、お昼過ぎ。だから、朝2時間とかは仕事ができる。この2時間がメールの返答になったり、執筆ワークになったりするから、貴重な時間なのだ。あっ、そうだ。それだけ朝の時間が貴重なら、今度からこの時間、ベビーシッターにお願いしよう、っと。 ああ、ともかく早く仕事に戻るべ。
2005-07-03
頑張れ中国チーム!

今朝は久々に青空が広がった! よっしゃ撮影に行けるぜ、という心境になった。その一方で、突然の天候の回復によりライダーやカメラマンとのアレンジがなく、しかも今日はシャーリー仕事なので、ベビーシッターをお願いしなければならない。突然のオファーで対応できるのかも疑問。

だけど、もしカメラマンから電話があったら、行くことを決めていた。なぜなら、カメラマンがやる気を出すということは、それだけ士気が高まるからだ。このチャンスどうしても逃したくない。いい加減引っ張って来ている撮影を終わらせたいのだ。

そうしたら、なんと朝8時頃、本当に電話が掛かって来た。Jカメラマンか!
「フサキさん、Jです。快晴です。今日、行きましょう!」
あいかわらずカナダ人スタイルのJは、無邪気なことを言う。間違いなく雲がまだあるのに快晴というポジティブな表現を使うとは。だけど、オレはJのそういうところが好きだ。気運を落とさないためにも
「よし、了解だ。すぐに行くよ。」
と応えた。ベビーシッターはまだお願いしていないけど、なんとかなるさ、とばかりにGO。
集合場所に到着して、まずはコーヒー。朝早くからの突然のオファーで申し訳ないと思いつつも、ベビーシッターの方に電話をした。1件目、用事があると玉砕だ。まだ、もう一人いるぞ。しかし、あえなく2人目も玉砕。うーん、どうしよう? とりあえずオレはJカメラマンとミーティングした。実際に滑りを撮るのはJカメラマンに任せているので、オレがいなくてもなんとかなる。ともかく、オレは事前に決めた絵を説明し、オレがいなくても撮影することをお願いした。まあ、プロだし、これぐらいの絵はなんとか撮影してくれるのだから。

リフトに上がる前、家に電話した。「シャーリー最高に遅くて、何時までに帰らないとヤバイ?」そうしたら、午後1時との回答。かなり、キツいけど、仕方ない。このまま撮影できれば、いくらかはいっしょに撮影できるし、最後のお任せもしやすいというもの。

しかし、山に上がると、どんどん雲がやって来た。「来たー、このパターンは山に上がったとたんに完全ガス状態で撮影できないってことか」。嫌な予感は完全に命中! 山はどんどんガスって来て、最終的にはパイプもろくに見えない天候まで落ちてしまった。まさにアウチ!

仕方がない、下りるか?と思ったけど、今日は中国のナショチが来ていたのだった。実を言うとこの存在、朝から気になっていた。ほぼ一列に近い状態でリフトに並ぶ彼ら、そして朝一番の集合ストレッチングの規律。ハイクアップも一斉に上がり、まさに統率が取れた集団である。あっ、そうだ。そう言えば、次回更新するネタもなかったのだ。これしかない!ってことで、通訳のご協力でスキー協会のお偉いさんの田さんにインタビューをした。中国の方は、真面目な印象もあったが、実際には笑顔がたくさんのとても良い人だった。特に握手が固く、この方の人望を感じた。このインタビューの模様は、次回の特集で出すのでお楽しみに。

ところで、この中国選手のシーンで、規律以外に2つ印象的なシーンがあった。
1つは、ドリュー(BXの世界トップ選手)が、コーチングしている場面で、女の子なのに「he」を連発し、通訳の方から、「she」です。と言われて困った顔。いやあ、確かにこの子は、オレでも「he」って言ってしまいそうだよ、と思いドリューに同情した。中国の女の子は、若いせいもあるのだけど、化粧もしていない。一重の子が多かったので(たまたまかな?)、何か明治時代の女性というか、もう1つ女の子って感じでないのである。たまたま後ろにいたC★4が、おもいっきり女性です!というオーラを出しまくっていたので、その対比でよけいにそう思ってしまった。失敬。

あと、オレがパイプの横で撮影していた時に、ハイクで上がっている少年にカメラを向けて撮影しようとした時、いきなりピースをしたこと。うわあ、見ず知らずの日本人のオジサンに中国の少年がピースしてくれたよ、と思いとても嬉しかった。この少年のピースは、ここ最近の中で一番ハッピーな出来事だったかも。常に大げさに考えるオレは、大河とディズニーランド行った時、以来のハッピーの出来事か、なんて考えてしまった。
「少年よ、キミの年齢以上にスノーボードをやって来たオジサンは、キミの笑顔のピースを一生忘れないぞ。オレはこんな笑顔のキャッチボールをしたくて、スノーボードをやっているんだ」なんて、ことも考えた。

礼儀正しくて規律正しい真面目な少年少女軍団が、スノーボードをしていると何か応援したくなってしょうがない。頑張れ中国チーム!と心から応援したくなった。

2005-07-02
世界一贅沢都市!?東京
1日1つ、原稿をやっつける作戦の3日目。しかし、今日はできなかった。やろうと思えばやれないことはない。しかし、もう夜中だし、早く寝て明日元気な方が仕事は進む。まあ、今日は、更新日だったので仕方がない。 毎週読むカナダの新聞バンクーバー新報によれば、東京が世界で一番生活費用が高い都市と出ていた。これだけデフレの世の中になったのに、まだ生活費が一番高かったのかあ。この調査は、米調査会社のマーサー・ヒューマン・リソースというところがやっていて、世界144都市を住宅費、交通費、食費、衣料費など200項目以上について調査したということだ。東京は昨年に続き1位で2位が大阪(昨年4位)、3位がロンドン、4位がモスクワということである。 しかし、4位のモスクワってのも意外だね。だって、よくモスクワの女性って日本とか韓国に出稼ぎに行っているし。ロンドンというのは、通過が高い国だけに十分理解できるのだけど。 それにしても東京に住むというのは贅沢なことなんだなあ。しかし、実際住んでみてその贅沢感を味わえるかどうかは別だけど。 カナダから東京という町を眺めると、ビジネスには最高かなあ、と思う。だってあれだけ人の流れがある都市も珍しいからね。しかも、みんなある程度、お金を持っているのだから。新宿とか、凄いよ。あの駅の人の数は、ギネス・ブックに載せてほしいほどだ。上から人の流れを見たら、きっとパチンコの玉のようだろう。 ウィスラーでコーヒーチェーンを始めようと思った時に、そのレンタル代が7000ドルとかでビックリした覚えがある。いくら観光地とは言え、大して人通りがないのに、そんなに取るなよ、と思った。案の定、ここ1、2年でずいぶんとウィスラーのビジネスは撤退し、レントの割には合わないビジネスということを露呈している状態だ。やるなら、バンクーバーの方がマシだと思ったけど、東京の規模には適わない。 ともかく、東京に住むことは世界人にとって最高の贅沢な環境。そこで、カミさんを専業主婦にして、子供を私立に行かせているファミリーなんてのは、もう凄い贅沢ということになるね。 だけど、本当に贅沢ってのは、オレみたいに好きな日に休めて、好きな仕事をしている奴になるのかもしれないけど。
2005-07-01
もどかしい夢
今日も天気が悪くて。しばらく、ずっと晴れそうもないし、もう快晴がない日、かれこれ何日続いているのだろう。信じられないほど寒い夏だなあ。 昨夜はとてつもなく変わった夢を見た。ある女性が出て来て、オレに手紙を渡す。そしてその手紙には、「私の処女を奪ってください」というようなことが書いてあるのだ。かなり過激な言葉だけど、文章全体は丁寧な印象で、夢の中でオレは勝手に困っている、という。 「オレ、カミさんいるし、そんなこと言われても・・・。だけど、彼女の切実な悩みに応えてあげたいし」とか、今、こうして日記に書けばかなり笑えるのだけど、夢の中で は本気で困っていたのだ。 オレは今日、散歩しながらなぜこのような夢を見たのか、考えた。 オレが彼女のことを好きなのだろうか。いや、まったく恋愛とかそういった感情はないよ。確かに、彼女のこと人間的には好みだけど。じゃあ、どのようにしたら、あのような夢が見れるのか。うーん、まったくもってわからない。よく夢占いとかあるけど、どのような診断か降せるのだろうか。 まず、これはエッチしている場面でないから、欲求不満でないような気がする。 何かもどかしい感じというか・・・。 そうか、わかったぞ! 最近、撮影に行かなくちゃいけないという気持ちがある一方で、天候が悪いから行けない。それでもどかしいような気持ちになったのだ。そうした形が夢に出たに違いない。 だけど、なぜあの女性が出たのだろう? 別に恋愛対象として好きとかいう感情はないのけど。もしかしたら、自分でもわからない部分で好きになっていたりしているのか。 まあ、わからないことをこれ以上、考えても仕方がないので、あきらめよう。