Profile

飯田 房貴
FUSAKI IIDA

fusaki@dmksnowboard.com

生年月日: 1968年12月10日
血液型:O型

家族、生活
妻(シャーリー)、愛犬(チャーリー5歳)、長男(大河5歳)、長女(クレア)
カナダ・ウィスラーに住む、地元は江戸川区の平井

趣味
読書、料理、松茸採り、ハイキング、キャンプ、サーフィン、サッカー

好きな歌手
河合奈保子

好きな食べ物
おにぎり、スパゲティ、カレーライス

経歴
1985年11月当時16歳の時、天神平にてスノーボード(注:当時スノーサーフィンと呼ばれる)を始める。
翌年、丸井スノーサーフィン大会を始め、全日本に参加。全日本でダウンヒル25位に入って、スポンサー「スノーテック」が付く。
高校卒業と同時に株式会社大日本印刷へ就職。
スノーボーダーとしての夢諦めずに88年末に退職。
89年(平成元年)野沢温泉に篭もる。
同年、ニュージーランドに行き、日本人スノーボーダーとしてNZ住み込みのパイオニアになる。
仕事は1年目レストランのキッチンヘルパー。
2年目はスノーボーダーとして初のテレビ・コマーシャル(注:アルペンのコマーシャルに真木蔵人役の滑り手)に出演。
2年間のニュージーランド修行を得て、カナダ・ウィスラーへ。
最初の年、日本料理レストランでスシ・シェフをしつつ大会に参加。
翌年にはスノーボード・ショップ「A3」で働く。
その年の大会成績(BC州スラローム4位)が認められて、株式会社ミナミのスポンサーがつく。
その後は、カナダやニュージーランド、日本を往復し、大会に参加。
主な成績は、全日本関東大会スラローム4位、ニュージーランド・ナショナル大会スラローム9位、カナダ、ウィスラーのローカル大会でスラローム優勝など。
94年には、初のハウツー・ビデオのディレクティング兼モデル、ハウツー本の執筆兼モデル(共に千早書房)を手がける。
翌年95年には日本文芸社から2本のハウツー・ビデオのディレクティング兼モデルを行う。
選手としては、カナダでプロ登録してGSで14位などの実績。この年、カナダのインストラクター免許(CASIT)も所得する。
96年SAJ全日本大会を最後に、遂に選手としてセンスがなかったことを痛感!たくさんの人に惜しまれながら(?)、選手生活を引退する。
その後はスノーボード業界へのオールランダーへの道へ歩む。
キ 98年、スノーボードの永遠師匠であった親戚の兄貴の死を期に、スノーボードに人生を賭ける宣言!スノーボードに関する様々なワークをトライし、スーパー・オールランダーの道へ歩み始める。
2000年8月に会社設立へ。
年間100日ほど雪山に行く生っ粋のスノーボーダー。


Back Number

2008-11-28
イントラ初日

今日は、イントラ初日でした。

あまり生徒さんいないので、仕事ないかな?と思ったけど、回って来ました。

今日の生徒さんは、香港、イギリス、アメリカという感じで国際色豊か。まさにウィスラーの観光客の縮図を現したような感じです。

まだウィスラーのビギナー・エリアの中間駅付近がオープンがしていなくて、ちょっと苦労させられした。

だけど、みなさんとても楽しんでくれたようです。

明日もカムバックする生徒さんは、「ぜひ、またフサキに教わりたい」と言ってくれました。
こういう言葉を聞くと、本当、イントラ冥利です。

英語という環境で、僕にとってもこれからは毎日チャレンジの連続です。
頑張るぞ!

ps
朝は、サチちゃん、トモ、ショウマにも会ったので、みんなで記念撮影。みんな楽しい日になったかな?

 

2008-11-27
初滑りダー!!!

ダー、ダー、ダー、初滑りダー!!!

やっぱりスノーボーディングは楽しいです。

本日、ウィスラーがオープンしたので、初滑りに行って来ました。

メンバーは、dmk女子部の6人、それにスペシャル・ゲスト(?)として、トモにラッチョです。
ちなみにラッチョは、僕の相棒のムラッチョではなく、ウィスラーローカルのライダーで、いぶし銀スタイル。

初滑りということで、パウダーありました。
最初、みなさんの力量がわからなかったのですが、やはり目の前にあるパウダーをいただかないと、ということで「いただきまーす!」とパウダーに突っ込んでいきました。

いきなり、ちょっとキツくてごめんなさい、という気持ちもあったけど、おいしかった!(笑

あとは今日、オープンしていたエメラルドとレッドを流しました。

それにしても、いろいろなライダーにも会いましたよ。

シモン、ルーブ、シン、ケビン、ナターシャ、サチちゃん、ショウマなどなど。

みんな久々のスノーボーディングで笑顔だったなあ。

オレたちの季節が帰って来たぜ!

 

2008-11-24
サンドボックス試写会

昨日は、ウィスラー地元のフィルム・プロダクションズ、サンドボックスの試写会がありました。

年々レベルアップするサンドボックス。このDVD淘汰の時代の中にあって、頑張ってスポンサー見つけて、クオリティの高い作品を提供してくれます。

今季リリースされる作品は、素直な感想として、おもしろかった!

特にスペインで、4人団体で滑っているところがあったのだけど、それが良いスパイスになっていて良かったです。
かつて、90年代初期のバートンの作品もチームで滑るシーンが流れるように編集してあったのだけど、それと同じような感覚で見れました。

最近の作品は、ミュージック・ビデオのようにアートな感覚で、画もコマ切れ、1つ1つのカッコいいシーンを並べているという感じだけど、かつてのビデオ映像は、山ないし一つのコースを流れるように見せるから、ライディングへの感情移入がしやすかった、という部分があったと思います。

例えば、クレイグ・ケリー、竹内マサさんのニセコでのトゥリー・パウダー追い撮りなど。

今回のサンドボックスのスペインのシーンには、そんな流れるようなシーンがあったかな、と思います。


あと何より、この作品には知っているライダーが多い!
最近はCOCのおかげで、どこかで一度はいっしょに撮影をしたことがある、というライダーばかりいました。

NOMISのカルガリーのライダーで、ライアンというのがいるのだけど、彼が意外に凄くてビックリもさせられました。良いパートでした。

あと、ルーブもケガで4カットだけしかなかったけど、あいかわらずカッコ良かった。バックサイド180と、メソッドはベテランの味。
それとルーブは、ターンもきれいに見せれますよね。あのへんなんかはぜひ若手にも学んでほしいところだけど。あれをカッコいいと思える感情がなければ、学べることはできないだろうなあ。

デンジェラスな男、アンドュー・ハーディングハムも健在!あいかわらず、男勝りのライン取りの滑りを披露していたなあ。今のスノーボード・シーンで、彼のようにやたらにシュートを攻め込むシーンばかり並べるのも異色な存在。


ところで、今回はサンドボックスに出ていなかったけど、久々にご対面というライダーもいましたよ。
デレック・デニソン、ダスティン・クレイベン、イーマンなど。
知る人ぞ知る、かなりヤバいメンバーですね。

あと、挨拶できなかったけど、クリス・ブラウンも見かけました。
その他、ウィスラーに20年近くいるおじさん関係など、いろいろ。酒臭くて、顔を近づけて話すおじさんもいて、やや困ったなあ(笑)。

入り口のところにいると、やたらに知っている方が多かった。
いろいろ声をかけてくれて、嬉しかったです。


今回の試写会では、ウィスラーのクラブ員の子たちなど誘って、お友達の輪で総勢10人以上いたかな?と思います。
みんなとても満足そうでした。

帰りは、4人の女の子と共に久しぶりに飲みました。だいたい野郎同士で話すと、仕事の話やスノーボードの話などで熱く語っちゃう傾向だけど、女の子の話題の内容は多岐になるようで、話題をどんどん盛っていくから、飲んでいても楽しいです。それにしても、みんな元気だね。
フサキ、おじさんとのお付き合い、ご苦労様でした!(笑

 

2008-11-21
親子で雑誌に登場!
親子で雑誌に登場しました。(注:双葉社の新スノーボード雑誌『雪人』に登場!)

長年ハウツーをリリースして来ましたが、こういう日が来るとは!とても嬉しいです。


僕は、22歳の頃に、初めてハウツービデオの仕事をしました。
ちょうどその頃、スノーイング誌でハウツー・コラムも書き始めました。

あの頃は、まだ今のカミさんと付き合っていなくて。
それから月日が流れ、付き合って、結婚し、犬を飼って。
それで思い出したけど、その犬のチャーリーくんも、雑誌に登場させていただきましたね(笑

そして、子供が生まれて、その長男と登場させていただけるとは!
まさに感無量という感じです。

今回、このチャンスをくれた、編集の岩田さんには感謝です。

岩田さんと出合ったのは、20代の中盤だったかと思います。
今、思えば大きな出会いです。

岩田さんは、元々スキー写真の名門、杉山スクールご出身。
その後、スキー専門誌を手がけて来ましたが、その後、いろいろあったようで棒有名週刊誌などでタフな時代を過ごされました。ここだけの話、フォーカス誌で張り込みとか。
そして、再びスノー雑誌であるスノーボード専門誌に帰って来て、そこで僕と出会いました。

僕は、当時ミナミのライダーで、ミナミの社員さんにスノーボードの教え方を伝授するというようなことや、大人にもスノーボードをやってほしい、ということで、おじさんのためのスクールなんかやったり(笑)。そこで、岩田さんに来ていただいき、スノーボードを教えました。

そこから僕はずっと岩田さんとのお付き合い。
僕は、岩田さんから編集のことなど、様々なことを学ばせていただきました。
どんどんチャンスをいただき、新しいことにチャレンジしたのです。
カメラマン、ライター、構成にいたるまでの編集、あとはどの写真をどこに使うなど、デザイン的なことまで。
その他、人生いろいろ!(笑)、勉強させていただきました。


岩田さんと僕の波長がおもいっきり合ったのは、往来の観念にこだわらない!というところでした。

元々、岩田さんの出所にも関係していると思うけど、僕たちはこれまでスノーボード専門誌でやってこなかったことも勇気を持ってやっていたのです。だから、僕は本当に楽しかったです。

「岩田さん、素人さんを出すドクタービーバーやりましょう。」「うん、おもしろいね、やってみよう!」
「フサキ、週間フォーカスのようなネタ、スノーボード界でないか」「ああ、ありますよ。こういうのはどうだろう?」
「こんなハウツーないから、こういうのやっちゃいましょうか?」「うん、いいね!」

という具合で。

ハウツーのタイトルの使い方は、ゴルフ専門誌を参考にしたり、
あと、僕個人としては、プロレス雑誌や料理雑誌なども参考にしていました。
 
スノーボーダー誌が元気だった頃には、その売り上げの高さで実業之日本社の社長賞もいただきました。
 
今では、岩田さんが去り、岩田さんはユキスキや本日ご紹介した大人とファミリーのための新スノーボード雑誌『雪人』をやるようになり、僕もあまり関わらないようになりました。
 
かつて、毎号関わりマーク・アンドレ・ターレ、ベン・ウェインライト、そしてシモンなどのハウツー作って来た者としては、ちょっぴり寂しい感じもしますが。スノーボーダー誌の方には、ぜひこれからも良い専門誌を作って、業界を盛り上げてほしいと願っています。


よくよく考えると、この親子ハウツーにしろ、
「岩田さん、やってもいいですか?」「いいよ」
って言ってもらえることは、本当に感謝すべきことだと思います。

自分のやりたいと思うことを、どんどんやらせてもらっているのは、幸運だったとも思います。
それが、あたり前だった人生だったので、気づかなかったけど。


僕の周りでは、岩田さん、dmkのムラッチョ、ローニンの左氏さんなど、あとはグローバルのKJさんやコーチの綿谷くん、SBNのツカダさん、なんかもそんな粋を感じる方ですね。
彼らには昭和の良き時代の風が漂っています(笑

「よし、行けよ、やれよ」
みたいなノリ。
凄い簡潔な世界。

そこにはお互い信頼関係があるのだと思います。

2008-11-20
これは売れるぞ!
今日は、超笑ったなあ。
なんだか知らないけど、凄いビデオ作っちゃったようだよ。

ここだけの話・・・、あまり大きな声で言えないけど・・・、
今季のビデオ「パーク ノ ゴクイ」は・・・、ハンパなくつまらない!(笑)。


だけど、これほどためになるビデオもないと思います。

ただ、ひたすらCOC世界のライダーたちが、技を見せる。
そこには、ストレート・エアーや50−50というシンプルな基本技から、超難度トリック、さらにはおもしろトリックもあります。

余計なハウツーのコメント入れるよりも、トップ・ライダーたちの技を自分で学習できるように、こうしてシンプルにぶった切って、ただ映像ばかり見せるってのが、気持ちいいね!
ホント、みんな売りたいばっかりで媚び気味で、誤って余計なもの入れちゃうからね。
何より、自分が散々犯したミスなので、その気持ちも充分承知していますが。

普通、制作者というのは、ここまで覚悟を持ってつまらない作品できないものだからな〜、しかもクリエイティブなアキが、よくぞここまでやったという感じ。
いや、実を言うと、かなりクリエイティブなことをやっているけど、一般の人はわからない。それで結構です。観る人は、そんなの感じなくて良く、ただおもしろいかどうかとか、ためになるかどうか、とかなんだから。

いやあ、本当凄いビデオだ。

これ、本当に研究材料になるから。
売れると思いますよ。
バイタミン以来の爆弾でしょう。

英語を勉強する人が、辞書を買うけど。
それと同じような感覚です。
良質なフリースタイルを学ぶための辞書。
だから、どんなライダーたちも受け入れられると思うのです。

たぶん、海外のライダーたちも、研究材料に使うと思います。

今年のビデオは5000本も夢でないな。
よーし、世界で1万本だ!

編集のアキくん、おつかれさまでした!
よくぞ、ここまで覚悟を持って、つまらないもの作ってくれたぜ!!
これは売れるぞ!

(以下、アキに送った感想メール内容)

凄いよ、コレ!
超ヤバいじゃん。
革命だよ。
大爆笑したよ。
噛めるね、このビデオ。
味あるなあ。



2008-11-20
自殺未遂

なんと今朝、ウチの近所で自殺未遂がありました。

最初に聞いた情報では、13歳の少年。
場所は、僕たちがよく行くスパイダーマン・パーク。

これは野球場近くの紐でできたジャングルジムのようなもの。
ウィスラーにいる人なら、多くの人が知っている場所です。

聞いた時には、心臓が止まるか、と思うほどビックリしました。

ウチのカミさんは、誰だろう?もしかして、あの子かしら。
私の知っている近所の子で13歳って言ったら、あの子しかいない、

なんて、脅かすからもう心臓バクバクです。
怖くて怖くて、信じたくありませんでした。

しかし、その後の情報で、

自殺未遂だけど、死亡していない。
あと、年齢は13歳でなく30歳の女性

ということがわかりました。

ともかく、死亡しなくて良かったけど、本当ビックリしちゃいます。

いつも子供たちが遊んでいる場所。
そこで死んだら、そこで遊ぶ子供たちや、付き添う親たちは、どう思うか?

自殺した方は、そんなこと考えなかったのでしょうか?


命は、自分たちのもの、と思われがちかもしれないけど、
僕は、この世の生というのは、神や仏からの(注:細かいことはわからないけど)
授かりものだと思っています。
だから、自分の命を絶つというのは、殺人のように感じます。
自分自身を殺人しちゃったって。

だから本当に本当に怖いこと。
絶対にダメ!!!

 

2008-11-19
今季はフルタイム
インストラクターのユニフォームを取りに行きました。
 
昨年、初めて仕事した時の緊張感を思い出しました。
これまで、日本語でコーチングやレッスンをしたことは何度もあったけど、英語で教えるのは、ほぼ初めて状態。
だけど、一日やってだいぶ慣れて、2日目やって、緊張感から開放されて、3日目から本当に楽しかったです。
 
毎回、いろいろな人が、世界からやって来ました。
 
カナダ人、アメリカ人はもちろん、イギリス人、オーストラリア人、ブラジル人、メキシコ人も結構いましたね。
日本人に教えたのは、一回だけ。
それも、みんな英語を話す人だったから、結局レッスンは英語でした。
 
お陰でだいぶ英語も鍛えられて、今、自分でメインでやっているディストリビューターの仕事に活かされました。
何人かの方にも、「フサキ英語うまくなったね。」と褒められたので、良かったです。
 
今季もきっと毎日チャレンジの連続だと思います。
 
イントラのボスから、
「去年、フサキがやっていたレッスンは、とても楽しそうだった。今季は、シャドーをたくさんお願いするよ」
と言われました。
 
このシャドーというのは陰という意味なんですが、新人のイントラが陰のようになってサポートするということです。このシャドーで、実践ティーチングを覚えて、その後、そのシャドーの方は実際にレッスンする、という流れになります。
 
去年も5回ほど、シャドーをお願いされたので、やりました。
パートタイムで週に2回入っていただけの割りには、結構、やりました。さながら世界のフサキ門下生を作った気分です。まあ、そんな大層なレベルでないけど(笑)。
 
昨年は、パートタイムだったけど、今年はフルタイムです。
フルタイムというのは、正規社員みたいなものです。家族のシーズンパスまでサポートしてもらったり、あとは今年はビレッジ内のロッカーも使えるようになりました。
 
去年は、不定期だったので、連日で同じ人に教えることができなかったので、寂しい思いもしました。
「ああ、明日もフサキのレッスンを希望したかったのに」と言われると、辛かったものです。
だけど、今年は、日、月、以外はほぼレッスンするので、連続で教えることができます。例えば、3日間のコースの人は、そのまま僕が連続で受け持つことができます。
 
あと、今季は、Nomisのビジネス・トリップも3回するので、その部分だけは休暇をいただくことも、今日、ボスと話し合いました。
 
だけど、2月だけは忙しい時期らしく(注:アメリカの長期休暇がある)、その交渉だけはややタフでした。
結局、ビールとNomisのフーディって賄賂(?)で、なんとか片つけた感じです(笑)。
あとは、2月の休む前に、ドカーンとビールを100本でも買って、押し切るしかないです。
 
そう、今年2月は日本でdmk祭りもあるし、大事なNomisの展示会があるから、そこだけは絶対に休まないといけないのです。
 
ちなみに僕の今年のスケジュール、ビビリます!
なんと、11月26日から、4月末まで日程ビッシリ。なぜなら、イントラ休みの月曜日と日曜日には、月曜にdmkクラブ活動だし、日曜は大河とスノーボードに行く日にしたからです。実質、休まるのは、空港の移動日と、飛行機の中だけでしょうか。まあ、遊びが仕事のようなものだから、それほどビビこともないけど。
 
明日の予定を勝手に決められる自由生活だったけど、久々に人生で先が見える生活をすることになりました。
 
二十歳の大日本印刷に通って以来、明日の日程が決まっている人生です。
忙しくなるので、サイト更新もやや心配だけど、まっ、大丈夫でしょう! これからもdmkサイトは毎日更新します。
 
2008-11-18
醜いアヒルの子のように

ランディング、ランディング、ランディングって。
ここ数日ランディング関係のメールの返答をよく書きます。
カタログをご希望される方も多いです。とても嬉しいです。

前回の日記にも書いたけど、Landing Headwearは捨てられっ子だったんですよ。

日本の代理店を探すために、
dmkにコンタクトを取って来て、
dmkニュースで紹介し、
さらには、代理店のオファーがあったりと。

もちろん僕のところにも来たし、
その他の代理店のとこにもオファーは、行きました。

だけど、誰も扱わなかったのです。

でも、ランディング代表のアレックスは、僕に何度もオファーをしてくれました。
だから、僕は相棒ムラッチョに、ランディングのことを話した。
「ランディングやってもいいかい?」
と。
アレックスは、熱心に誘ってくれて。
実際、頑張って凄いライダーたちの確保とかで動いているし。
きっと僕たちのように予算を出せないのでしょう。
一生懸命にウエブをアップしていました。

だから、なんか、やってあげたい、って気持ちでした。

そしたら、ムラッチョは「OK!」と。

考えてみたら、NOMISの時もそんな感じだったなあ。
ある日、突然、日本の代理店が消えて、どうしょうもなくなって。
(注:NOMISの日本の最初の代理店はRSSさん、というところです。)

NOMIS社長のマットに
「大変だ、突然やらない」と言うことになった、
と伝えた時には、本当、辛かったです。

RSSさんとNOMISの間には、いろいろうまくいっていない問題もあったから。
僕は、あの時、お金がなかったけど、自腹で日本に帰って、新幹線に乗って、
名古屋まで行って、その絡まった問題の糸を解いて来たのです。
向こうの担当者の方も、素直に意見を伝えてくれて、
まさにこれから、という矢先に。

「フサキさん、すみません。ウチでできなくなりました」と。

その後、カナダに帰って来ての突然のバッド・ニュースだから、驚きました。

だから、あの時もムラッチョに
「オレたちでできるもんかな?やってみない?」
と、僕たちは代理店業務をやることになったのです。

ムラッチョは、元々旅行会社で、今もやっているのだけど、
180度展開なストーリー。
今、考えると、「お前、いきなり新しい仕事をやってみようぜ」
って、ことだから、よくやってくれましたね(笑

だけど、この昔からの銭湯フレンド、チーム千代の湯は、快くOKを出してくれたのです。

それで、毎年、コツコツとプロモーションをして。
お金もなかったから、雑誌にも広告が出せなかったけど。
でも、今、NOMISは大変人気が出ています。
本当、これまでNOMISを応援していただい方に感謝です。

そして、今回のランディングも、誰からも注目されなかった醜いアヒルの子だったかもしれないけど。
dmkニュースなどでご紹介したことにより、だんだんと盛り上がって来ました。
だから、お問い合わせがあると、とても嬉しいです。

「今まで日本にあったビーニーにはない、鮮やかなカラーで気になっちゃいました!」
とか、
「彼女のクリスマスのプレゼントに!」
とか、
「これを着たら可愛くなりそう」
とか、
ありがたい、ご意見もたくさんいただいています。

Landing Headwearは、まだまだ子供のようなブランドだけど、
いつか白鳥のように世界を美しく駆け巡ってほしいです。


2008-11-13
Landing Headwearがやって来た!

Landing Headwearが、日本に入って来ました。

これは、スイスのヘッド・ウェアー・ブランドです。
ブラッコムのパーク王アンドレ・ベノワを通した知ったブランドで、前から本社代表のアレックスとのメールのやりとりはちょこちょこありました。

向こうから代理店のオファーもあったのですが、最初は断りました。
理由は、Nomisとかぶるのが嫌だったからです。

だけど、何度かメールで相談を受けている内に、応援したい気持ちが出て来ました。

最終的に「やろう!」と思ったのは、トースタインがライダーになったからです。トースタインを引き入れる、というパワーに魅力を感じました。僕の予想だと、小さいカンパニーだし、ほとんどまともな契約金を払っていないと思うのです。
(注:もし凄い金額払っていたら失礼な発言になってしまいますが)
でも、トースタインのシグネチャーまで作ってしまう力があるんですね。大したものです。

どんどん新しいアイテムの情報も送るし、積極的な人だなあ、と思ったし、逆に自分もブランドを愛していたら同じような行動を取るだろうと考え、共感も覚えました。
その他、スティーアン・ソールドバーグなど魅力的なライダーもいるし、本当、アグレッシブにライダーを獲得して、頑張っている、と思います。

あと、ルーカス・ウィルソンというライダーが1つのキーワードになりました。

ルーカスは、夏のサンディエゴのSIAの展示会で、Nomisチーム・マネージャーのアンドレが、契約したことを話していたのです。アンドレは、ルーカスを獲得したことを喜んでいました。僕は、彼のことをあまり知らないのですが、よくメールで交流するdmkユーザーのグチさんから、日本でのアドバンスカップでの勇士を聞いていたので、気になっていました。

このルーカスというのが、どうやらかなりLanding Headwear好きなんですね。
ビーニーは、Landing Headwearで、フーディーやTシャツなどストリートウェアーが、Nomisなのです。
ちなみに、アンドレはかなりお気に入りの様子で、ルーカスをアウトウェアーまで引き入れるかもしれません。
さらに、ここだけの話ですが、デレック・デニソンもアンドレは期待していて、アウトウェアーの契約をしようと動いているようです。


ちょっと話は反れましたが、Landing Headwearをやろう、と考えたのは、

Nomisはビーニーもあるけど、それほどヘッド・ウェアーに力を入れているわけではない。両ブランドには、方向性の違いも見えて、プロモーションしやすい。
ビーニーなら、Landing Headwearを強く押すことができる。
実際、僕もLanding Headwearの愛用者であったし(注:一昨年シーズン)。

また、結構、全世界の代理店というのは一ブランドをやっているだけではない。むしろ一ブランドだけでやっている方が、かなり珍しいカンパニー。
というのも、代理店というビジネスは、一ブランドという方式は、割りに合わない、という側面もあるのです。

例えば、代理店をやれば倉庫が必要になるけど、1つの倉庫で空間があればもったいなく、常に満員にできるようにした方が得なので。


Landing Headwearは、まだまだかなり荒削りなブランドです。
それは、以前、Nomisで感じていた同じような香りが漂ってきます。

だけど、今回、ここの写真で紹介するように、ストライプにLanding Headwearのロゴなど、イケているモデルもあります。

僕は、彼らの良いところを伸ばすようアドバイスしたり、また、Nomisで学んだことをこのブランドに活かそう、と考えています。

幸いまだカンパニーは小さいので、いろいろ自由なことができます。

ディストリビューターをやっている僕にとっては、持っているブランドは大切な息子のようなもの。
ちゃんと成長して行けるように、サポートしていきたいです。

Nomis、Landing Headwear、Sandboxの3兄弟、どうぞ、よろしくお願いします。

ちなみに腹違いの息子(?)、I foundという不良息子もいますが、彼のことはいずれの機会にお話しましょう。
コイツも、Nomis兄貴のように世話を焼かす素質は充分にある、魅力的なヤンチャ息子です。

 

2008-11-12
通気性の良い会社

時々、NOMISユーザーから、デザインをいただくことがあります。

デザインだけでなく、細かいアイデアとか。

例えば、ピンマークの位置を動かすことなどの、細かいアイデアも。

僕は、そういった要望は、とても貴重だと思うので、「これは、ぜひ提案しよう!」と思うと、躊躇なくデザイナーへ直接、提案します。すると、NOMISデザイナーのジョーダンなどは、すぐに反応してくれます。

実際に、そのアイデアや意見が、直接、商品作りに反映されるかどうかは、次回のセールスミーティングなどでわかることだけど、いつも素直にListen(聞く)してくれる姿勢は、本当に嬉しい。

とっても通気性の良い会社だなあ、と関心します。

思えば、Nomisというのは、元々新しいファッションに敏感なキッズの意見を聞いて、作られて来たブランド。
このような会社の姿勢が崩れていないところに、彼らの頼もしさを感じます。


2008-11-07
そして雪が降った

最近ずっと写真をアップしていなかったので、久しぶりにアップします。


ハロウィンが近づいたので、その準備。パンプキンの種は、オーブンで焼いて食べることができます。


ハロウィンの当日には、学校のイベントで、アイスケートを楽しみました。


そして、いよいよハロウィン!当日は雨も降ったけど、たくさんのキャンディやチョコレートをもらって、子供たちは大喜びです。


この秋のサッカークラブの最後の日。大河は大活躍でシュートやパスをビジバシ決めていました。


山の上はずいぶん真っ白になって。


そして、今日はビレッジまで雪が降ったのです!

もう、ウィスラーはすっかり冬模様です。 

2008-11-02
巨人戦
カナダで唯一日本のテレビ番組が観れるテレビ・ジャパン。その番組表を見ていたら、なんと日本シリーズの第一戦の巨人対西武が、生放送で観れるではありませんか!
 
そんなわけで昨夜は、早々と9時頃には寝床について、朝3時に起きれるように願いながら眠りました。まあ、起きたところで観れればいいし、ということで目覚ましもかけずに寝たのです。
 
実際に起きたのはまだ夜中の1時頃。うわあ、テンション上がり過ぎて、2時間も前に起きてしまいました。もっと寝とくべきだったけど、一度目が覚めてしまったので、もう寝れません。仕方ないなので、本棚にあった野村克也(著)の巨人軍論を読みました。一度、読んだ本だけど、久々の巨人戦観戦で、改めて野村の野球論でも読もう、ということで。
 
そして2時半頃、下のリビングに行ってテレビ観戦。
だけど、予定時刻の3時になっても、ニュース番組で一向に始まる気配がなし。あれ、どうしたのだろう?
放送中止になったのかな?と思いました。
海外で放送される日本のテレビ番組は、放送が中止になることもしばしば起きます。ああ、残念かなあ、と思って、粘って30分、ニュース放送が終わると・・・、
 
出たー!始まったのです。
 
4回のイニングまで来ていて、巨人がちょうど1点リードしたとこ。ヤッター、超久々の巨人戦。
 
 
思えば、僕が巨人戦に最初に夢中になったのは、王さんがいた小学生の頃。
柴田、高田、張本、王、柳田、土井、河埜、吉田、そしてピッチャーが、新浦、小林、堀内なんて時です。
 
それから高校生の時も後楽園球場でバイトしていたこともあり、
松本、篠塚、クロマティ、原、中畑、山倉、ピッチャーでは江川、西本なんて、活躍していた時も見てましたね。
 
そう、巨人ファンなんです!
 
 
だけど、最近の巨人ってのも変わりましたね。
特に3番、4番、5番は、小笠原、ラミレス、李ってことで、外様オンリー。生粋の巨人育ちがいません。
 
でも、若手は育っているのではないでしょうか。
鈴木、坂本とか元気良さそうだし、投手の抑えで出て来たのも150キロ近くの直球出せる選手ばかりだし。
頼もしい未来のジャイアンツ戦士たち。
 
 
最終回、木村タクヤのフルカウントからのヒットは、盛り上がりました。あそこは大きな流れが来て、続く小笠原もほしかったなあ。センターに抜けるか、と思ったけど。だけど、ラミレスが、またもダブルプレーで流れを断ち切っちゃいました。
 
解説の大野さんは、ここ最近のラミレスは外の球に問題がある、と言っていたけど、見事に当たっちゃったなあ。
だけど、ラミレスは、今季巨人躍進の大きな貢献者ですよね? きっとこのシリーズ、きっとやり返してくれると思います。
頑張れ、ジャイアンツ!
 
 
おまけ
私の好きな歴代ジャイアンツ選手
王、原、松井

私の好きなジャイアンツ監督
長嶋、原